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 夜の帳が下りてくる。
 カノンはぼんやりと窓の外を眺めていた。
 夜空に星星が煌めいている。
 星に星に視線を移していると、燃えるように輝く赤い月に気が付いた。
 カノンは眸を瞬き、滅多に見ることのない月の輝きに純粋に興味を持った。
 不気味ともとれる色彩の月に、カノンは心惹かれたのだ。

(もっとちゃんと見たい)
 そう思い、窓の縁に手をつく。
 外に出ようとしたが、ピタッと体が動かなくなった。
 すり込まれた習性。
 カノンは無意識に自分自身を咎める。
(…駄目だ、サガに言わなきゃ)
 窓から手を離し、自室の扉を開けた。

「サガぁ」
 リビングで読書に耽っていたサガを呼ぶ。
 サガは顔を上げて、どうしたの、と問い掛けてきた。
 カノンは、サガの隣りに座り、外に行こうと、兄の服の袖を引っ張った。
「どうして?」
 もう暗いよ、と首を傾げるサガに構わず、カノンはサガの腕を引く。

 早く行かないと、雲があの月を隠してしまうかもしれない!

 そう思うと、いてもたってもいられなかった。
 カノンに急かされ、サガは手にしていた本を置き、渋々立ち上がった。
 サガが立ち上がったことに満足し、カノンは一足先に外に飛び出して行った。


*     *     *


「うわぁ」
 闇夜の空を見上げると、其処には先程とおなじように赤い月が浮かんでいた。
 カノンは興味津々に、空に向かって両手を伸ばす。
 おっきな月。掴めそう、と思った。
 しかしサガは赤い月を仰ぎ、眉を顰めた。
 禍々しい色彩に、ゾッとしたのだ。

 不気味で、禍々しい、色
 それも漆黒の空に浮かぶ、赤い月なんて…

 サガはギリッと唇を噛み締め、カノンのほうに手を伸ばした。
「サガ?」
 こちらを振り向こうとするカノンを制し、腕の中に閉じ込めるよう後ろからぎゅっと抱きしめる。
 そうしてカノンの肩に顔を埋めた。
 カノンの温もりに、先刻の背筋の凍えが少し薄らいだ。
 しかしカノンは、自分とは対照的に赤い月に心奪われている。
 ひどく気に入らなかった。
「見るな、カノン」
 だから手のひらでそっと…
 カノンの目元を覆った。
「…サガ?」
 カノンはサガの様子がおかしいと、ようやく気付いた。
 咄嗟に後ろを振り向こうとしたが、サガがそれを許してくれない。
 視界は遮られたまま、耳元でサガの声が響く。
「赤い月は不吉の前兆だから見ないほうが良い…」
 口調は優しげ。
 でも声はそれに不釣合いな冷たい響きをしていて、
 今度はカノンの背筋が凍えた。

 ―― 怖い!

 カノンは渾身の力で、サガの手を振り払った。
 そして恐る恐る後ろを振り向く。
 そこにはいつも通りのサガが居て、
 カノンに振り払われた手を、驚いたように見つめていた。

「…カノン?」
 少し淋しそうに微笑むサガに、カノンは止めていた息を吐いた。
「なんでもない…。ごめん」

 力いっぱい手を振り払うなんて…

 サガを傷付けたかもしれない、と思った。
 カノンは、ぎゅう、とサガに抱き付き、サガごめん、ともう一度小さく呟いた。
 サガは返事の代わりに、よしよしとカノンの背を撫でる。
 カノンの背を抱き返すサガの手は、いつも通り優しくて、温かだった。

 でも、でもっ
 さっきのサガの声はすごく冷たかった…

 カノンの中で、それがしこりとなり、残ったが、
「もう帰ろうか」
 そう優しく微笑むサガに、カノンは何も聞けなかった。
 その代わり、差し伸べられた手を、そっと握り返し、
 赤い月が不吉の前兆でもどうか何も起こりませんように、と ―― 切に祈った。


 手を繋ぎ、家路を急ぐ幼い二人を、赤い月が見ていた。


 あのとき、冷たく囁いたサガの眸の色が、
 闇夜に浮かぶ己と同じ色に染まり掛けたことも、
 赤い月だけが知っていた ――


end ?



赤い月=黒サガです。
ちなみに赤い月が不吉の前兆うんぬんは迷信みたいなものらしいです。
でもサガにとっては本当に不吉です。洒落にならない (笑)
サガは、カノンが他のものを見たときは、もの凄い苛々すれば良いと思います。
本人自覚なしの独占欲です。ときめきます (キュン)

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