君 は い つ で も 私 を 殺 せ る


 カノンは四肢を投げ出し、高台に寝転がって居た。
 夜空を仰ぎ、燃えるような色彩の月に手を伸ばす。
 勿論掴めない。届かない。知っていた。
 それでも手を伸ばして、かの人を想いたいときがカノンにはあった。

 ―― なあ、赤い月って不吉の前兆とかって言われるらしいぜ?

 呟きは空に消える。

 ―― お前らしいよな。

 やはり返事は返ってこない。
 しかしその代わりのように、頭の上のほうからサクと草を踏みしめる音がして、
 カノンの視線は、月からその人物に移った。

「サガ」

 呼び掛けとほぼ同時に、月に向けて伸ばしていた手を掴まれ、
 そのまま上へと引っ張られた。
 痛い、と視線で訴えてみたが効果なし。
 サガは、半ば強引にカノンを立ち上がらせて、その手を握った。

「……」

 サガはしばらく何も言わなかった。
 唯 ―― 赤い月の光に照らされるカノンを映し出した眸だけ、哀しげに揺らした。

「…カノン」
「…うん?」

 サガの腕がカノンを抱きしめ、閉じ込める。
 ああ、あのときと同じだ、とカノンは思った。
 闇夜に浮かぶ赤い月と、その月に惹かれる自分と、泣き出す寸でのようなサガ。
 あのときと違うのは、サガの心に存在して居た赤い月が消えたこと、だろうか。

 よしよしとサガの背を抱き返し、カノンはしばらくサガの好きにさせていようと思った。
 だが、しかし
 30秒、1分、2分……気付けば3分くらい経ってしまった気がする。

「……………サガ」

 いつまでも経ってもサガはカノンを離そうとしない。
 サガの肩越しに月を見上げるのにも飽きてしまい、カノンはため息を吐いた。

「そろそろ離せ」

 サガはやはり腕の力を緩めない。

「……サガ!いい加減にしろ」
「それは此方の台詞だ…!!」

 カノンが痺れを切らして声を荒げると、それ以上に苦しげな、憤りを含んだ声が返された。
 カノンは驚き、眸をしばたく。

「…カノン!何故お前は私がここに居るのに月ばかり見るのだ」

 あのときも嫌だった。今でも嫌なのだ!
 サガは叫ぶようにそう言い、呆けたように自分を見つめているカノンの唇を塞いだ。

「んっ…!」

 カノンの双眸が驚きに見開かれ、サガの姿を映し出す。
 自分だけ見ているカノン。
 そんなカノンにサガは悦びを感じる。
 もっと
 もっと
 私だけを見ていれば良い。
 サガは強くそう思った。

 くちづけは貪るよう、そして執拗に続けられ、カノンの意思を揺らがす。
 サガ
 サガ!
 苦しい ――
 心でそう訴えながらカノンが酸素を求めて口を開く。
 サガは舌を差し入れ、逃げようとするカノンの舌を絡めとった。

「んんー…ッ!」

 胸を押し、サガを押し遣ろうとするが意識さえ持っていかれそうになるくちづけの前では
 無駄なことだった。
 気付けば、その場に崩れ落ちそうになる体をサガに支えて貰っている始末。
 カノンは悔しさと羞恥心に頬を上気させながらサガを睨み付けた。
 しかし潤みかかった双眸では迫力など感じられない。
 むしろカノンが自分を見ていることに満足し、サガの笑みは深くなる。

「カノン」
「なんだよっ」

 高台にカノンを押し倒し、サガの手のひらが目元を覆う。

 ―― お前の眸に私以外映らなければ良いのに…

 遠いところから響くように哀しげな声が聞こえた。


end



それでもカノンからすれば ‘黒サガ’ もサガなんですけどね…。
カノンは結局 ‘サガ’ しか見てないのにサガにはそれがわからないのです。


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