い た だ き ま す 本日のカノンは、朝から海底神殿に行っていた。 ちょっと手間取っている仕事なのだ。あ、でもさっさと片付けて帰ってくるからな、と ドタンバタン。 慌しく身支度を整え、寝癖のついた髪を撫で付けながらカノンは双児宮を後にする。 昨日のうちに準備しておけば良いものの、と呆れたが、 ああ、わたしが離さなかったせいか、と呆れは、苦笑いに変化した。 * * * * *
まあ、そんなこんなでそろそろ夕食の時間である。 カノンが帰ってくる気配はない。 先に食べ始めても怒るような弟ではないが、ひとりでする食事ほど味気ないものもない。 テーブルの上に並べた夕食を眺めつつ、わたしはカノンの帰りを待つことにした。 コチコチコチ 時計の針の音が耳障りになってくる。 しかし慣れ親しんだ小宇宙が、この双児宮に近付いてくるのを感じて、わたしの苛立ちは スッと霧散した。 「ただいまっ」 出勤したときと同じようにドタンバタン。騒々しく帰宅するカノン。 「おかえり、カノン」 「ううっ、すまん…。これでも急いで帰ってきたのだ」 わかっている。それはもう驚くほど急速に小宇宙が近付いてきたからな。 口籠るカノンに、そう返そうとしたが、それを遮り、 「くそ!早めに出勤したのに!」 ちょっと足癖の悪いカノンは、やり場のない憤りを、近くにあった屑籠にぶつける。 「カノン!ゴミが飛び散るだろう」 わたしの髪より淡い蒼の頭を叩いて、其処を片付けて手を洗ってきなさい、と告げる。 カノンは子供扱いするな、と文句を言いつつ、散らかしたゴミを屑籠に片付け始めた。 そうして洗面所に向かった。 わたしは、カノンの背を見送って、コンロに掛けていた鍋に火を点けた。 洗面所から戻ってきたカノンが、腹減ったーと、テーブルの上の夕食に手を伸ばす。 スープが温まる時間すら待てないほどお前は空腹なのか。 とりあえず手にしていたおたまで、カノンの手を叩いておく。 うー痛い。なんとひどい兄だ、と自分の手を擦りながらカノン。 そこで、ふと 「カノン」 「なんだ?」 「海底神殿で食べてきても良いのだぞ?」 そこまで腹が空いているなら尚のこと。 それでもカノンは、どれだけ遅くなろうとも双児宮に帰ってくる。 飲み会や付き合いのときは別として、それも大抵断ってくる。 泊り込みなど絶対にしなかった。 酒飲みのくせにどうして、と思う。 前々から不思議でならなかった。 「……」 しばし沈黙。 「嫌だ」 カノンは、わたしを射抜くように真っ直ぐ見つめ、はっきり言った。 「何故だ?」 問えば、 「ひとりで食べる飯は味がしない」 オレは嫌というほど知っているのだ、と苦笑い。 聖域に居た頃から 海底に居たときだって お前に捨てられてから ずっとひとりだったのだから 「お前にそんな思いさせたくない」 ま・13年の間はさせたかもだけどな、と今度は困ったように笑った。 「カノン…」 やっとのことで絞り出した声は掠れていた。 カノンはやっぱり困ったように眉をタレ下げ、わたしに手を伸ばしてきた。 温かな手のひらが、頬を撫で、わたしを慰める。 「それにな、サガ。 想いが通わなくなる前、 お前が、精一杯時間を縫って、オレのところに帰ってきてくれたことも知っている。 だからオレもサガと一緒に、ご飯が食べたい」 そう言い、澄みきった紺碧の眸が、変かな、と問うて来るので、 首を横に振り、カノンを抱きしめた。 瞼の上にくちづけると、カノンはくすぐったい、とクスクス笑う。 でも抵抗らしい抵抗はない。もっと、とキスの雨を降らした。 カノンはやはりくすぐったそうで、そしてとても嬉しそうでもあった。 ―― 二人揃って 『いただきます』 を言うのはもう少し後のお話 |