font-size ◆ ◇ ◆ ◆ |
喪失
(嫉妬を先にお読み下さい) 頭と体が酷く重い…。 ほたるは寝台から起き上がることが出来なくて、はぁ、とため息をついた。 スゥと息を吸い込む。 今度は喉が焼け付くように痛んだ。 剥き出しになった下肢は、どちらの物とも判別のつかない白い液で、汚れていた。 「水……」 痛む喉を押さえて、ほたるは、水が飲みたい、と思った。 力を込めて上体を起こそうと試みる。だが、途端に、その行動を隣に居た漢に阻まれた。 胸元をやんわりと押され、ぽすんと音をたてて、体が落ちる。布団に逆戻りしてしまった。 「辰伶、喉渇いた…」 感情の読み取れない冷たい双眸で、己を見下してくる漢に、両腕を伸ばして、欲求を伝える。 すると、突然、くちづけられて、望んでいたものが、口移しによって与えられた。 白銀の髪を引っ張り、より深く求める。 こくこくと、それを飲み干す。 水分を求めているのか、辰伶を求めているのか、ほたるは判らなくなりそうだった。 唇が銀糸を引いて離れると、ほたるは、辰伶から顔を背けた。 ぼんやりと辺りを見渡すと、昨夜自分が身につけていた着物が、ズタズタに引き裂かれた状態で置いてある。 あーあ、あれ、もう着れないな、と何処か他人事に考えて、辰伶のほうへと視線を戻した。 「ねぇ…オレの服無いじゃん」 どうしてくれんの、と不満気に告げると、辰伶は着物を一瞥した。 そして直ぐに ―― 「新しいものを見繕ってきてやる」 と、応えた。 その返答に、ほたるは "そう" と素っ気無い返事を返して、目の前の漢を見つめた。 いつも強い意志に満ち溢れている琥珀色の瞳は、とても冷たい色をしていて、不安定で、今にも壊れてしまいそうだ。 両腕を伸ばして、辰伶を、胸元にぎゅっと抱き寄せる。 「辰伶…」 ―― なんでこんなことすんの…。 嫌だと叫んでも離してくれない。 炎を発して強行突破しようするとそのまま焼かれているから驚いた。 でも、決して離してはくれないのだ。 ほたるは小さく息をつくと、辰伶の頭をよしよしと撫でた。 「そんなに嫌なの?」 オレが "ほたる" というものであることが ―― 「何がだ?」 自覚がないというのも恐ろしい。辰伶は心底不思議そうに、首を傾げた。 「わかんないんならいい」 小さく一言、告げて、ほたるは黙り込んだ。 このまま辰伶の傍に居たら "ほたる" である自分が死んでしまう気がする。でも、何故か、ほたるは辰伶を放っておくことが出来なかった。 辰伶に対する想いが、同情心なのか、哀れみなのかは、よくわからない。 ただ ―― 此処が壬生の地だと思うと、ほたるの心は、どうしようもなく冷めていくのだ。 狂も灯もアキラも梵天丸も居ない場所。 四聖天はもう解散してしまった。 変えようのない事実が淋しい。 心が凍える。 だから無意識に、ひとりになりたくなくて、誰かの傍に居たくて、必要として欲しい、と望んでいたのかもしれない。 「しょーがないからお前の為に "螢惑" でいてあげる」 目の前の存在を、自分の片割れである異母兄を、もう一度強く抱きしめる。 銀糸をさらさらと梳くって、額に、唇で優しく触れた。 そっと囁いた言葉は、辰伶の心を癒す力を発揮し、同時に "ほたる" を殺す刃となった。 |