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嫉妬

「オレの名前は "ほたる" 。四聖天の "ほたる" だよ」
 異母弟の口から淡々と紡がれる言葉にひどく苛立った。

――お前は壬生一族で、五曜星で、オレの異母弟だろう…。

 その事実を否定するようなことをどうして…!と、胸が軋む。
 外の世界に出て、螢惑は変わった。
 本人はまったく自覚していないようだが、以前常に纏っていた刺々しい空気が薄れた。
 そして他人を射殺しそうな程冷たかった双眸は温かみを宿すものへと変化していた。
 近寄り難い空気が和らいだとすればそれは良いことかもしれない。
 否、良いことだ、と言い聞かせようとしていたと言ったほうが正しいかもしれない。
 本当は気に食わなかったのだ。
 五曜星よりも四聖天の名を重んじることも――
 鬼眼の狂のことを楽しげに話す様も――
 何もかもが気に入らない。
「螢惑…」
「だから "ほたる" だって」
「お前は "螢惑" だ」
 擦れ違う想い。噛み合わない。不毛な会話の出口が見つからない。
「……ならそれで良いよ。お前になんて呼んでほしくないし」
 堂々巡りの会話に痺れを切らして、螢惑はその場を立ち去ろうとした。
 身を翻した時、ふわりと目の前を過ぎった金の束を、手にとる。
 綺麗に結われているそれを力任せに引き寄せた。
「ッ…痛!」
 髪を引っ張られた痛みに眉を顰めて、手で項の辺りを押さえて、螢惑は、オレの胸元に倒れこんできた。
 きっとオレに向って罵声を発するだろう唇を、乱暴なくちづけで、封じる。
「ッ……ん、んぅ…!」
 壬生を出て行った時と、何ら変わりの無い唇の感触に、何処か安堵する。
 口腔を弄り、舌を吸い上げ、固く閉じられていた瞼の端に浮かんだ雫を、指先でそっと掬った。
「しんれ…」
 唇を離すと同時に開かれた双眸が、オレの姿を映す。
 驚いたように何度も瞬いた。
「螢惑……」
 白い頬を撫でて、小さく名を紡ぐ。
「やだ、違う」
 それでも頑なに "その名前は違う" と首を振る螢惑に、オレの中で何かが壊れた。
(違わない…)
 心の中で小さな呟きが落ちた。
 瞬時に創り出した舞曲水を螢惑の喉元に突きつける。
「何が違うのだ?お前は壬生の実戦部隊を率いる五曜星が一人 "螢惑" だろう」
 今度は心の呟きが音と生る。
 冷たく言い放った。
 螢惑の双眸が哀しげに揺らぐ。
 言葉の刃も舞曲水も止まらない。
 衿元からす…と振り下ろし、螢惑の着物を切り裂く。
 肌蹴た肌に唇を寄せてくちづけた。
「…なに?」
 身を引いて、抗おうとしてきた腕を拘束する。
 そのままその場に押し倒した。
「ぃ…やだ!辰伶ッ!」
 己が組み敷いているのに、目の前で起こっている出来事なのに、螢惑の悲鳴が何処か遠い場所から聞こえてきているような錯覚に陥っていた。

 ――こいつが "ほたる" として得てきた物等全て消えてしまえばいい。

 心の奥底に醜く根付いている感情が昇華するのはいつのことだろう。



END


黒辰伶。喪失に続きます。
2005.06.10