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Prince of Tennis

欲しいものはひとつだけ

 本日、2月14日。女の子も男の子もみんなが浮かれるバレンタインデー。けれど四天宝寺中テニス部スーパールーキーのテンションは最下層にあった。

 部室のテーブルの上に鎮座している紙袋いっぱいのチョコレート、チョコレート、そしてチョコレートにガンを飛ばす。

「金ちゃん、顔怖いで…」

 テーブルを挟んだ向こう側で苦笑しているのは部長兼、先輩兼、恋人である白石だ。

「わい、いつもと同じ顔やん…」
「いやいや、大分違う顔やろ」

 いっつももっと可愛い顔しとんで、と言う恋人にプイとそっぽを向く。

 可愛くない顔と行動をしているのは百も承知だったが、どうも白石の顔は見れそうもなかった。

 ―― むっちゃ、胸むっかむかするわ…。

 顔を見て口を開くと、この胸のむかつきのままに、なんだかとんでもない言葉を言い放ってしまいそうで怖い。金太郎はそう思った。

「金ちゃんもチョコ貰ったんやろ?」
「いっぱい貰うたで」

 全部もう食べたけど、と言いながら、少しだけテーブルのほうに視線を戻した瞬間、視界に飛び込んでくる紙袋にまた気分が落ち込む。

「…白石はいっぱい貰ったんやなあ…」

 ―― 本命チョコを。

 そう言葉に出しそうになって慌てて飲み込んで、テーブルの下、膝上に乗せた手の中にあるものをぎゅう、と握りしめた。

「せやな。この日の女の子はなんか皆凄いなあ」

 まるで他人事のように笑う白石に、金太郎の中でブツリと何かが切れる。
 勢いよく椅子から立ち上がった。
 ちゃんと引かなかったため、椅子はガッタンと大きな音をたて後ろに倒れたが、それを気にする余裕はなかった。

「あああ、もうアカン!」
「ん?」
「白石、めっちゃむかつくわ!」
「俺、金ちゃんが怒るようなことなんかしたか?」
「しとる! こんないっぱいチョコ貰うてあかんやろ…! 白石はっ、白石は…」

 ―― わいの恋人やろ…!

 最後まで一気に捲し立てて、ぜいぜいと肩で息をする。

 自分だってチョコを貰っているのに何を言っているのだろうというのは頭の冷静な部分では分かっているのに、白石が本命チョコばかり貰っているのが嫌だった。自分が貰ったものはただの義理チョコで、友チョコで、本命のチョコなどありはしない。勿論、白石だって、いくら本命チョコを貰っても、応えたりしないのは分かっている。というか、昼休憩に謙也の口から、直接渡されたものは全部断っていたとも聞いて知っている。

 でも、それでも、

「わい、いややわ……」

 自分以外のひとからのチョコレートが白石の側にあるのが嫌だった。

「俺がチョコ貰うんが?」
「おん……」
「そうか」

 本音を曝け出すと感情が昂り過ぎてしまい、じわじわ、と視界が滲む。

「うううぅー…」

 制服の袖口でごしごしと目元を擦りそれを拭き取ると、いつの間にか金太郎と同じように立ち上がっていた白石にその腕を掴まれた。

 涙目できょとり、と白石を見上げれば、困ったような表情をして自分を見下ろしている恋人がそこにいた。

「で、金ちゃんはいつになったら、その手の中にあるもん俺にくれるんかなあ?」
「! な、なんでぇ…?」
「いや、部室入ってきた瞬間から、ずっと右手のほう握り拳やん。気付くで」

くれんのん? と端整な顔に顔を覗き込まれて、ぼんっと湯気が出そうな勢いで赤くなって、紙袋の中にある綺麗にラッピングされたチョコレートたちを思い出して、直ぐにサア…と青褪めた。

「あ、あかん!」
「なんで?」
「こ、これはちゃうねん…!」

 チョコやないもん! と言いながら、白石から距離をとろうとしたが、いつの間にか腰をがっしりホールドされていてそれは叶わなかった。

「じゃあ、金ちゃんなんでずっと右手握り拳なん?」
「えーっと、それは…えと、こ、これっ、さっき外でまっくろくろすけ捕まえたねん! だから、右手開けんの!」
「ぶはっ!」
「白石ぃ、笑わんといてやぁ…!」

 こっちは必死やのに! と金太郎はまた泣きそうになって、それを誤魔化すように叫んだ。

 普段からだけれど、白石が絡むと感情の起伏がさらに激し過ぎていけない。

「ううっ…しらいし、もう、きらいやわぁ…」
「ああ、金ちゃん、ごめんごめん」

 嫌わんで。あと泣かんでや、と優しく抱きしめられる。

「ただ、俺、金太郎からチョコ欲しいねん」
「なんでぇ…?」

 他にいっぱい貰ったんやろ。いらんやん、とやけっぱちで呟けば、

「金ちゃんのあほぅ」

 思ったより真剣な声音で怒られてペシンとでこピンもされた。

「わい、アホちゃう…!」
「いいや、アホや」

 ―― 俺は金太郎のチョコだけ欲しいで。
 それから、耳元でそんなことを言われてしまい、金太郎はようやくそっと握り拳を開いた。

「あかん、とけとるぅ」
「ええよ。べつに」
「ホンマに…?」
「やって、俺、金ちゃんからのチョコが欲しくて今日一日中ずぅぅっとソワソワしとったんよ」

 だから、早う、頂戴。と白石は口を開ける。
 その中に、手のひらの体温で融けかかったチロルチョコを金太郎は入れてあげた。

「しらいし、うまいー?」
「んーあまいなあ」

 そうして、甘い甘い唇でキスを交わす頃、金太郎の表情にはようやくいつもの笑顔が戻っていた。

 ―― 金ちゃんが微笑っとらんと俺のバレンタインは、ハッピーバレンタインにはならんのんやで。


 [ おしまい ]
白金
ぐるぐるしちゃう金ちゃんが書きたかった。そして、そんな金ちゃんを一枚も二枚も上手でお見通しで、優しく包んであげる白石が好きです。
これにうささんが絵茶ログイラスト描いて下さったので、それはぴくしぶのほうに一緒に上げています。
12.02.15 up