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Prince of Tennis

やさしい音をぜんぶちょーだい

「おいジロー」

 聞き慣れた綺麗なテナーが響く。
 ああ、これがすき。だいすきだ。


 +    +    +


 春のうららかさに誘われたのか、いつもの習性か、
 コートの端のベンチで、両腕にはラケットを抱えたまま、コクリコクリと一定のリズムで金糸が揺れていた。

「ジロー」

 最初の呼び掛けに反応が無かったのを確認して、もう一度呼ぶ。

「ん〜ん…」

 すると眠り子は嫌々をするように首を振ってむにゃむにゃとぐずった。
 ああ、いつも通りだ。

「そんなとこで寝んじゃねー」

 いくらお前でも風邪をひく、ともう一度揺り起こしに掛かると、

「……じゃあ、抱っこ」

 ジローはラケットをベンチに置き、未だ瞼をトロンと半分閉じた状態で両腕を伸ばしてきた。

「ばぁか。なに言ってんだ」

 ぺしっと額を小突くも、

「あとべが抱っこしてくれたら、ちゃんと起きるC」

 尚もそう言い、差し出された腕の位置も変わらずだった。

「甘ったれが」

 軽く溜め息をついてその腕を掴む。

「オレ、あとべに甘やかされんのだいすきだぁ♪」

 抱き上げた腕の中できゃっきゃっとはしゃぐ様子を見つめる。

 目が合うと、ジローはにっこり幼い顔で微笑った。
 それにつられて無意識にこちらの口角も上がってしまったように思えた。

「起きたなら、もう降ろすぞ」

 それを誤魔化すように突き放せば、

「え〜やだよ、離れないCぃー」

 首に回された腕にぎゅう、と力が込められて肩口には頭がぐりぐりと押し付けられた。
 ふわふわの金糸が頬に当たる。くすぐったい。

 終いには両脚までもが腰に絡まって来たので、しばらくジローの好きにさせてやることにした。

 ジローが先程までうつらうつらしていたベンチに腰を下ろす。

「なぁー、あとべ」

 耳元で甘えた声が響いた。

「あーん?」
「んー…また呼んでね?」

 ―― またオレを起こしにきてね。

「……」
「だめぇ?」
「一回で起きるんならな、考えてやっても良い」
「やった! オレ、がんばるぅ」

 あてにはなりそうにない舌足らずな 『頑張る』 を心地よく思いながら、青い空を仰いだ。

 ジローの傍は今日もふわふわと温かかった。


 +    +    +


 眠いのは春の陽気のせいだけじゃないよ。
 きっと、その声がだいすきで心地いいから。
 何回だって呼んでほしくなるから。

 だから、あとべ、何度でも呼んでよ。
 綺麗に響く、だいすきなその声で ――


 【 おしまい 】
ジロ跡ジロ
だいすきなそのやさしい声をぜんぶ一人占めしたい!

ジロたんを甘やかす跡部様が好きです。ナチュラルにあまあまが似合う二人だなあ、と思います。
12.04.13 up