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Prince of Tennis

一番じょうずに甘やかすひと

 放課後の部活動練習中。
 部員たちに檄を飛ばしていたら、突如、右目に走った痛みに一瞬だけ唇を噤んだ。

「ん〜〜? あとべぇ、どうかしたの?」

 同じベンチで眠りの海原へと船を漕いでいたジローが半分欠伸混じりに問い掛ける。

「…いや、なんでもねえ」

 普段と変わらないトーンの声でそう返して、すっと立ち上がる。
 起きたんなら練習しろジロー、と言い、お日様の匂いのするジローの柔らかな髪を撫ぜてから、跡部はその場をあとにした。

 ひっそりとコートを抜ける背中を見つめながら、ジローはうう〜〜ん、と首を傾げる。

「ねぇ、樺地ー…って、あっれー? 樺地ぃ?」

 そして、先程まで自分と跡部の後ろに位置していた筈のチームメイトの姿が忽然と消えていたことに、さらに首を傾げるのだった。



 +    +    +



(くそっ、痛え…)

 今は皆、練習中だから、誰もいない部室で何度も何度も右目を瞬く。
 しかし痛みは一行に治まらなかった。

 実はこれはよくあることで、下睫毛が眼球に突き刺さっている状態なだけだ。

 痛みを振り切ろうと何度も瞬いたせいで、涙目通り越して、普通に涙が零れてきた。

「ああ! ちくしょう!」

 早く練習に戻りたいのに、と目元を乱暴に擦ろうとした瞬間、後ろから、その腕を掴まれる。

「樺地…?」

 何年も慣れ親しんだ気配であったから、振り向かなくとも跡部には分かった。

「ウス」

 いつもの返答と共にそのまま後方へと引き寄せられて、ぽすん、と体を預ける形になる。
 首だけで振り向いたら、樺地は心底困ったような表情をしていた。

 感情の起伏が少ないので分かりにくいが、やっぱり跡部には分かる。
 これは心配しているときの表情 (カオ) だ。

「…擦ったら、傷になります」
「でも、痛ぇんだよ」

 全然とれねえし、と他の者の前では決して見せない幼さで拗ねたように訴えれば、幼馴染みの大きな手が跡部の頬を捕らえた。

 無骨な指先が数回、そっと優しく目尻を滑ると、

「ん……あ、とれたな…」

 痛みが綺麗に無くなった。

「よかった…です」

 クリアになった視界に映る優しい微笑みを見上げて、

「ありがとよ」

 背伸びをしてちゅっ、とお礼のキスを贈ったら、凪のような心を揺さぶったらしい。

 今度は正面から、ぎゅうっと抱きしめられて、コートに戻る時間がちょっぴり遅くなったりもしたけど、

 少しくらいなら良いか、と逞しい腕に包まれながら、柔らかな熱の灯った心の中でそっと思った。


 【 おしまい 】
樺地と跡部さま
跡部たまの下睫毛が綺麗で大好きだーって思い続けていたら、急に書きたくなったので。ジロたんも好きなので、贔屓で登場させてみたり。笑
樺地→←←←べ様くらいが好きです。不器用攻めと女王様受け万歳。
12.03.28 up