ど れ だ け 願 え ば


 あのとき、サガが死んだとき、哀しくなどなかった。
 ただ痛かった。
 言葉にならない呻き声が口をつき、激痛で発狂するかと思うほどに
 痛かった。
 そうして痛みが引いた後に残ったものは
 空っぽの自分だけだった。


*     *     *


 息を潜め、気配を消す。
 足音を立てぬよう、そっと寝台に近付く。
 横たわるカノンはカーテンの隙間から零れ落ちる月の光を受けて、すよすよと寝息を立てていた。
 サガは寝台の縁に浅く腰を掛け、カノンに手を伸ばした。
 月の光を受けきらめく髪を梳き、頬を撫で、サガの手はカノンの首に辿り着く。
 首を締めるように、手のひらが、指が、絡み付いた。
 ふ、とカノンの瞼が持ち上げられる。
 サガの眸より、すこし薄い紺碧が、サガの姿を映し出す。

 「カノン、逃げぬのか?」

 サガが問うとカノンは愉しげに笑みを浮かべた。

 「サガになら殺されるのも悪くない」
 「…昔は嫌がったではないか」

 昔? ―― カノンはすこし首を傾げた。
 ああ、そういえば
 サガが双子座の聖衣を授かって、すこし経った頃だったか
 先刻とおなじよう寝込みを襲われ、サガに首を締め上げられたことがあったっけ、と記憶を辿った。
 ギリギリと容赦なく食い込んでくる指が痛かった、とカノンは言った。

 「あの時は死にたくなかったのだ」
 「今は死にたい、と?」

 カノンが今そんな風に思っているとは意外だ、とサガは眸を大きく瞬いた。

 「いや、違う。あの頃はお前に殺されるなんて真っ平御免だと思っていた」

 今も死にたいワケじゃないよ。ってか兄さんのほうがよっぽど自殺願望があるじゃないか、とカノンはサガの手の甲を撫でた。
 サガの手はカノンの首に絡み付いたままなのだが、カノンは何も言わない。
 外させようともしなかった。

 「でも今なら悪くないと思うのだ」

 お前に殺されると言うことは、お前より先に逝くってことだ。
 それならオレはもう
 お前を失ったときの痛みを、虚脱感を味合わなくて済む。

 「今度はお前が味わえ!苦しめ、サガ!」

 カノンは笑いながらそう言い、サガの眸を見つめる。
 サガはその眸から逃れるよう、カノンの首から手を離した。
 そして首を締める代わりにくちづけを与え、呼吸ごとカノンの唇を貪った。
 カノンは眸を閉ざさず、至近距離で揺れるサガの睫毛を見つめていた。
 つっ…と銀糸を引きながら唇が離れる。
 サガの頭がぽふっとカノンの胸に落ちた。

 「いくじなし」

 サガの頭を包み込むように抱き、心底つまらなそうにカノンが言う。

 「カノン、意地悪だな」
 「どっちがだ」

 オレの望みも叶えてくれないくせに ―― カノンは消え入りそうな声で呟き、
 このとき初めて眸を揺らした。
 声もなく泣き出したカノンの紺碧の眸にサガはくちづけを落とす。
 涙はサガの唇に吸い取られた。

 「カノン…」

 今度はサガがカノンを抱きしめた。
 そしてカノンの耳元で密やかに本心を打ち明けた。

 カノン
 わたしは自殺したいわけではないよ。
 ただお前と共に死にたいだけだ。

 「兄さんは心中希望者だったか」

 サガの言葉にカノンはニッコリ微笑み、とん、とサガの肩を押す。
 寝台に押し倒し、その胸にぽふっと顔を埋めた。
 とくとくとく ―― サガの命の旋律を聞きながら眸を閉じる。

 「そんな願い、オレは叶えてやらない」

 そうしてあの日の、
 海底神殿でカノンが激痛にのた打ち回ったときに
 サガが自分の手を突き立てたであろう箇所にそっとくちづけた。


end



最後の箇所 (カノンがサガの胸にちゅーするところ)
ちゅーか、噛み付くか、爪を立てるか、で悩み、結局ちゅーに落ち着きました。
サガに死んで欲しいならカノたんなら噛み付くほうが良いかなあ、と思うのですが
このお話のカノンはサガに生きていて欲しいカノンなので。


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