そ の 微 笑 み を 守 り た い


 カノンは女神の聖闘士であり、海皇の海将軍でもあった。
 サガはその事実がひどく気に入らない。
 聖闘士でありながら女神以外のものに仕えるのが許せないのか。
 それとも子供染みた独占欲か。
 そんなサガを見ていると、カノンはほとほと思う。
 サガは馬鹿だなぁ、と。

 そんな心配せずともオレの心はサガのものなのに
 過去 むかし も 現在 いま も そしてきっと未来 これから
 サガのことで頭いっぱいなのに ――

 しかし言葉で訴えてもサガは納得しなかった。
 そしてカノンが海に入ることを、カノンから潮の匂いがすることを、
 ひどく嫌った。


*     *     *


 ―― ざっぱん
 盛大な水音と水飛沫が上がり、カノンはしばし呆然とした。
 海底神殿から双児宮に帰ってきたや否や、不機嫌面のサガに突如体を抱きかかえられて、
 そのまま風呂場に連行。
 カノンは、なんと服のまま、湯船に落とされたのだ。
「…っ!サガ!」
 正気に戻り、理不尽な行為に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
 いくらなんでもやり過ぎだ!
 カノンは噛み付くようにサガを睨み付けた。
 しかしサガは怯む事無く、カノン以上に鋭い眼光でカノンを睨み返す。
「カノン」
 不機嫌極まりない声音。
 カノンはビクッと体を強張らせたが、そもそも自分は何も悪くない、と思いなおし、浴槽から這い出ようとした。
 だが、サガの手がそれを阻む。
 両肩をがっちり掴まれ、気付いたときにはもう一度湯船に押し込まれていた。
 しかも今度は顔まで浸かってしまうくらい深く沈められる。
「が、はっ……!」
 苦しい!溺死する!サガのアホ!またオレを殺す気か…!
 カノンは口に出せない分、心の中で盛大に叫んだ。
 そして13年前の出来事を思いだし、背筋がゾッとした。
 カノンは咄嗟に小宇宙を高め、反撃しようとした。
 だが、水飛沫の粒に混じって、落ちてきたサガの涙に気付いてしまい、振り上げた拳を繰り出せない。カノンの拳は湯の中に戻ってしまった。
「はあ、止め…サガっ……」
 反撃できないものの、死にたい訳じゃない。
 カノンは息も絶え絶え、サガの名を必死で呼んだ。


「…カノン。カノン」
 揺さぶられて、意識が浮上する。
 重い瞼を持ち上げると、いたわしげに眉根を寄せ、こちらをのぞき込んでいるサガと視線がかち合った。
「兄さん…」
 どうやら生きているらしい。しかし気を失っていたようだ。
 つまり気を失うまで、サガはオレの頭を湯に突っ込んでいたのだな…。
 カノンは、くらくらする頭より、サガがそこまでする、その事実にグッタリした。
「…カノン、大丈夫か」
「今更か、ってかやり過ぎだ。サガのアホ」
 心配するくらいなら止めてほしい。
 切にそう訴えたかったが、しょんぼりしているサガを見て、それは深いため息に変わった。
 カノンはとことんサガに甘い。いや、弱い。と言うより逆らえないだけか…。
 (あーもうっ)
 カノンはむしゃくしゃと髪を掻き、自分の性分と、サガの性質の悪さを呪ってやった。
 でも心の中では、先刻眸が合った瞬間、サガが泣いていなくて良かった、とも思っていた。


 (…あれ?)
 ふと、サラサラと指の間を零れ落ちる髪に、カノンは手を止めた。
 サラサラ?サガが乾かしたのだろうか。
 カノンは髪を一房掴み、鼻先に引っ付け、くんと嗅ぐ。
「潮の匂いが消えただろう」
 引き攣り気味のカノンの表情を見て、サガはニッコリ微笑んだ。
 しかも髪だけではない、手の甲からも石鹸の香りがする。
 …体も髪も洗ったのか。
 カノンは再びグッタリした。
 今度は変態め、と言ってやろうかと思ったが、ぎゅうとサガに抱きしめられて、眸を瞬く。
 このタイミングの良さ。やっぱりサガは性質が悪い…。
 額に降る優しいくちづけにこそばゆくなりながら、サガに擦り寄る。
 愛しげに自分を見つめる、深い紺碧の眸を見つめ返して、カノンはそっと囁いた。
「そんなに心配ならサガの匂い、しっかり付けとけよ」
 サガの首に腕を回し、唇をぺロリと舐めてやる。
 そのまま、後ろにどさり。
 当然サガも一緒にどさり。
 ベッドが二人分の重みにギシリと悲鳴を上げたが、気にしない。
 カノンの申し出に、誘惑に、サガは倖せそうに微笑む。
 蕩けるようなくちづけを受けながらカノンは、その微笑みを守りたい、と思った。


 サガの執着は愛情なのだと知っていたから ――



end



なんだか毎度のことですが、カノンたんいじめ過ぎ (あわわ)
でもサガの愛情はすごーく過激だと思うのです。
そしてカノンたんはサガの泣き顔にすごく弱いと思ったり (妄想)
サガが ‘泣いている’ それだけでカノンの倖せって揺らぐ気がします。
いやいや、どんだけサガが好きなんだカノンってばって感じですが M O E !


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