僕 と 君 と も う ひ と り の 君と 哀しみと嘆きと、痛みを引き受けて‘そいつ’は笑う。 辛くないか、と問い掛ければ、 「この痛みこそが、俺の存在意義なのだ」 とやはり笑って、 ‘そいつ’は答えた。 * * * * *
そうして聖戦の後、オレたちに与えられた二度目の生 でも‘そいつ’は居なかった。もう何処にも居なかった。 手を伸ばし、サガの頬にペタペタと触れてみた。 温もりと、輪郭を確かめて、安堵する。 ホッと息を吐き、その後、哀しくなって眸を伏せた。 するとサガに、カノン、どうした、と問い掛けられて… ぐっと返答に詰まり、サガに話しても良いのだろうか、と悩む。悩む。 やはり言えない。 俯き、くちびるをキツく噛む。 それに気付いたサガが、止めなさい、とくちびるを撫でてきた。 注意されて、小さく頷く。その間もオレは俯いたままだった。 すると今度は顎を掴まれ、顔を上げるよう促された。 仕方なく顔を上げる。 サガは、オレの心を見透かすようにじっと見つめてくるので、 頬に触れていた手で、サガの眸を覆う。 目隠ししてやったのだ。 「カノン?」 「見るな。なんでもない。なんでもないのだ…」 そう、たぶん、なんでもない。 今、ほんのすこし哀しいだけで、 この胸の奥を刺す痛みもきっといつか消えるのだ。 だからサガに話す必要なんてない、と思ったのに ―― 「なんでもないならそんな顔をするな」 泣き出す寸でのように見える、と すこし怒ったように言われて、先程より断然泣きそうになってしまった。 サガの眸を覆っていた手が、力無くずるずる。 重力に従い落ちていくオレの手を、サガは握った。 そしてカノン、と優しく名前を紡ぎ、 「カノン、どうした…」 先程とおなじように、いや、先程よりも柔らかな優しい声で、もう一度問い掛けてきた。 オレは、堪えていた哀しみとか痛みが決壊して、サガの胸に額を押し当てる。 どん、と乱暴に押し当てたので、サガ痛かったかもしれない、と頭の隅っこで考えた。 「…なあ、サガ。あいつは何処に行ってしまったのだろう?」 死んだと考えるべきか? でもサガが生きているのだから‘死ぬ’と言う形容はおかしいだろうか? どうして、アイツだけ居ないのだろう。 途切れ途切れに言葉を続ける。 サガはオレの背をそっと擦ってくれた。 もうあの闇色に染まった髪と、泣きつかれた後のような眸の色は見れない。 そう思うと、 あの頃サガを苦しめ、侵蝕していった、とても大嫌いだったアイツが居ないことが 哀しいと、淋しいと感じるようになった。 ああ、そうか。アイツもサガだった。 オレの憎くも愛すべきサガの一部だったのだ、と 今更気付いてしまって、 そうして勝手に落ち込んでいたりするのだ、オレは… ずっと引っ掛かっていた気持ちを吐露して、サガの胸から顔を上げる。 あれ?サガがやけにぼやけて見えるな、などと思っていると、 サガはオレの背を擦っていた手を、頬に移動させて、こしこしと涙を拭ってくれた。 そうして繋いでいたもう片方の手は、サガ自身の胸に当てられた。 「サガ…?」 すこし首を傾げる。 サガは微笑み、 「カノンの言うとおり、あいつも確かにわたしだった。 だからきっと此処に居る」 そう言った。 オレはサガの胸に、しっかりと手を当てて、 漆黒の髪と、緋色の眸を持つ、もうひとりのサガを想ってみた。 ああ、そうか。 お前はもう痛みを引き受けるだけの存在では無くなったのだな。 サガに融け込み、お前も生きているのだな、きっと ―― 痛みをきちんと口に出せるようになったサガと、 もう逢えないだろうお前の話をしながら そんなことを思ってみた。 |