メ イ フ ラ ワ ー それは柔らかな日差しが降り注ぐ5月の出来事 + + +
カノンはサガに白い花を差し出した。 「これは…?」 きょとりと首を傾げるサガの手に白い花 ―― 鉢植えされたすずらんを少し強引に押し付けて、カノンはくるりと背を向けた。サガとカノンの間に少し距離が開く。 「いつまでも罪の意識に苛まれている兄さんに可愛い弟からプレゼントだ」 「カノンよ、そういうことは自分で言うと可愛さが半減するのだぞ」 言いながら、それでもサガは穏やかに微笑った。 「……うっ、そうなのか。じゃあ言わなきゃ良かった」 背を向けられているため、その表情は窺えないが、むーと膨れっ面になっているだろう弟の様子にサガは笑みを深くする。そして手元の小さな、名前の通り鈴の形をしている花を揺らした。 可愛らしい音でも奏でそうに見える花の部分を指先でつっつきながら、サガは不意に、この花はランプのようだな、と思った。 ふっと手元に影が差し、すずらんから視線を外す。カノンがサガの前に来ていた。 「ランプみたいだろ」 カノンの言葉はサガの思考を読み取ったかのように的確だった。 サガが頷くとカノンはにっこり微笑み、言葉を続けた。 「暗闇に飲み込まれそうになって道に迷ったらそれで自分の足元を照らすと良い」 時折過去に捕らわれ動けなくなってしまうサガをカノンは知っていた。そしてそんな兄をカノンはずっと案じている。きっと昔から案じている。過去は消せない。消してはいけない。けれど叶うならサガにほんの少しだけでも良いから倖せを感じながら生きて欲しかった。 「本当に火は灯せないぞ?」 「気持ちの問題だ」 そういうものがあるのとないのでは全然違うだろう、とカノンは言った。 「枯れてしまったら?」 花の命は短いからな…―― サガが哀しげに眸を揺らす。カノンはすずらんを持っているサガの手の甲に己の手のひらを重ねた。 「またやるよ」 お前が望むなら何度でも ―― カノンは透き通った紺碧の眸にサガを映し出しながら力強くそう言った。 「花を手折るのは可哀相だ」 「良いの。オレは兄さんのほうが大事なのだ」 それにお前がそう言うと思ったから鉢植えすずらんをプレゼントしたのだぞ、とカノンは鉢を指差す。 花の命を手折るより、自分の手が命を摘み取り汚れることより、サガの心を護るほうが大事だ、とカノンは心から思っている。傍から見れば、それは間違いだ、と咎められる想いかもしれない。それでもカノンは花よりも何よりもサガがいちばん愛しいし大切だ。だからサガを優先してしまうのは仕方ない。 カノンの気持ちはサガを喜ばせた。もちろん困った弟だな、とも思うのだが、カノンの好意は心地良い。 けれどこれだけは伝えておかなくては ―― 「だがやはり命を手折ってはいけない、カノン」 すずらんをテーブルの上に置き、サガはカノンの頬を撫でた。サイドの髪にもそっと触れ、さらりと撫ぜる。 「じゃあどーするんだよ」 サガの手のひらの温もりを心地良く感じつつも自分の行動を咎められているのだからカノンは不満だった。先程背を向けていたときもしていただろう膨れっ面になる。 「カノン」 「うん?」 「おいで」 差し出された腕 (かいな) にカノンは一瞬いじけていたことも忘れ、呆けたように眸を瞬いた。 「わたしの倖せはすずらんだけでは満ち足りない」 サガの言葉の真意を理解出来ぬまま、カノンはサガに抱き寄せられていた。 「サガ、どういう意味だ?」 「カノン、すずらんの花言葉を知らぬのか?」 「…花言葉?知らない」 サガの言葉にカノンは首を振り、きょとん、とするばかりだ。 知らずにすずらんを贈ってくれるとは…―― サガは柔らかく微笑んだ。 「すずらんの花言葉は…―― 倖せが再び訪れる」 カノンの頬を手のひらで包み込むように撫でながらサガは囁いた。 「わたしの倖せは、カノン、お前と共に在ること…」 自ら一度は手放してしまったがな、とサガは淋しげに微笑み、カノンをぎゅうと抱きしめた。苦しいほどの抱擁だったが、それはサガの気持ちが切に込められていて、カノンは胸が熱くなった。もう二度と離すまい、と言わんばかりに自分を抱きしめてくる兄の腕の中で、カノンも嘗て失くしてしまった倖せがこの手に戻ってくるのを感じた。 + + +
この世界に 2人共に生まれ落ちた奇跡の日には 花を贈ろう お前にあたたかな幸いが降るよう そしてその幸いの中に自分が共に居れるよう 切に願いながら…―― end
双子誕2006に参加させて頂いたときの作品です。 お花ブームが到来していたので5月の誕生花でもあるすずらんを絡めたお話に。 すずらん可愛くてだいすきです。 カノンからの鉢植えすずらんはサガが大切に世話することでしょう。 カノンがそれを見て、ぽわわん、としているときゅんきゅんです。 back |