蒼 天 を 見 上 げ て


 ―― こんぺきのあおをみて、おもいだすのはひとつだけ


 5月の空は晴れ渡り、青く澄み切っていた。
 聖域からほど近い、小高い丘。
 サガは其処からぼんやりと空を仰ぎ、佇んでいた。
 やわらかな風が空の色彩より深い青をさらりと撫ぜ、さらった。

「サガ」

 それからどれくらい其処に居たのだろう。
 声にハッとし、視線を動かす。
 気付けば、カノンがこちらに向かっていた。
 急斜面を登ろうとするカノンに手を貸そうとサガは腕を伸ばした。
 サガの手を見つめ、カノンはニッコリ微笑むとその手を取り、地面を蹴る。
 カノンの体がふわりと宙を跳んだ。

「何をしているのだ?」

 軽やかに着地し手を離す。カノンは首を傾げ、サガに問い掛けた。

「……空を見ていた」

 サガの返答に問い掛けたほうのカノンは、ふーん、と少し気のないように応えた。
 そうしてサガの隣の、岩場に腰を下ろす。

「それで?」
「うん?」

「だからそれでどうしたのだ?」
 ―― 兄さんのことだから空を見ていただけではあるまい?

 カノンは暗にそう含め、いたずらっぽく笑った。
 サガは、お前はわたしのことをどこまでお見通しなのだ、と困ったように苦笑し、再び空を仰いだ。

「空を見ると思い出すものがあってな」
「へえ、なんだ?」

「カノン」
 ―― お前だ

 サガの言葉にカノンは眸を大きく瞬いた。
 強い風が吹き、ざあ、とカノンの髪をなぶった。

「どうして空でオレなのだ」
 ―― 空はサガのほうだと思うが…

 オレは海だろう、と言いながらカノンは頬に掛かる髪をうっとうしげに撫で付けた。
 不思議そうに眉根を寄せている弟に、サガはくすりと微笑み、言葉を続けた。

「わたしは空ではないよ」
 ―― わたしはちっぽけだから…

 何処までも壮大に拡がる、晴れ渡る、あおを見るとサガはいつもいつもカノンを思い出した。
 海もカノンを思い起こせたが、その記憶は辛すぎた。
 だからいつしかサガは澄み切った空の青こそカノンの色だと思い込むようにした。

「そしてそれは間違っていなかったのだ」

 最初は思い込もうとしていただけだ。
 けれど聖戦の折、カノンと再会し、気付いた。

「雨が降り、雷が轟き、曇り空になろうとも ―― 再び澄み切り、晴れ渡る」
 ―― そうして誰にも支配されない位置にある。だからカノン、お前はまさに空なのだ

 サガの言葉にカノンはしばらく呆然としていた。

 黙りこくった弟にサガはそれ以上何も言わない。必然的に2人の間には沈黙が流れた。

「……オレを支配するものもいる」

 長い、長い沈黙を破ったのはカノンの一言だった。
 そうか、とサガがカノンを振り向こうとした瞬間 (とき) カノンはサガの腕を力任せに引いた。
 ぐらりと世界が回り、サガはカノンに押し倒されていた。

「なあ、サガ。何が見える」

 カノンの長い髪が光を遮り、世界から遮断されたように思えた。
 逆光の所為でカノンの表情はうかがえなかった。

「カノンが見える」

 サガはカノンの問い掛けに、率直に答える。
 だが答えた直後にふと
 カノンしか見えない、と言ったほうが適切だったかもしれない、と考えを改めた。

「オレにもお前が見える」
 ―― いや、お前しか見えない…

 多分昔から
 サガしか見えていなかった。
 カノンの心はいつもサガに支配されていた。

「サガしか欲しくないからオレもちっぽけだぞ」

 パッとサガの上から退き、カノンが拗ねたように、そっぽを向きながらそう言った。

「オレだってあおを見れば、いつもお前のことばかり考えていた」
 ―― でも何を見ても海のあおにたゆたった時も心は満たされなかった

 捨てられたのに馬鹿みたいだった、とカノンは己を嘲笑った。
 カノンの言葉を否定するように歪みを描いたカノンの唇をサガの指がそっとなぞった。

「ひとりだったのはお前だけじゃない。今はオレは此処に居る、なのにサガは空を見るのか…」

 カノンはサガの指先に軽く噛み付くと、涙を堪えるよう表情を歪めた。

「カノン…」

 サガはもう片方の手もカノンに伸ばし、頭を抱き寄せるとよしよしと撫でた。
 そして愛しい半身を腕の中に閉じ込めようともっと引き寄せる。
 もそもそと身動し、居心地の良い場所を探し当てると、カノンは思いの外大人しくサガの腕の中に納まった。

「カノン ―― 空の青さは好きか?」

 サガの問い掛けに、腕の中のカノンがコクンと頷いた。

 ―― でも本当に好きなのはサガのあおだ。サガの眸の紺碧が好きなのだ

「サガは?」
「わたしも空は好きだ」
  ―― 仰げば、あまりの壮大さに目が眩み、時に自分を見失ってしまうが…
     それでも見上げれば無条件にいつも其処に在るから好きだ

「カノンの眸の色だから澄み切った空は好きだよ」

 サガの言葉にカノンはちいさく 「オレもだ」 と答えて、顔を上げた。
 其処にはお互いだけを映し出す透き通った紺碧の双眸が在り、2人はどちらとも無く
 額をひっつけ合わせ、ふわりと微笑った。



 ―― 紺碧のあおを見て、思い出すのはひとつだけ
     いつだって
     いとしい半身のことばかり想っている


end



サガ&カノンはぴば〜!永遠の28歳!
しかし誕生日には関係のないSSになってしまいました。祝ってない…。
ん?そういえばうちの双子はいつもひっつきもっつきですねー。
きっとひっついていると安心するんだと思います。
ちなみにタイトルの蒼天は5月を意識して ‘春の空’ の意です。


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