閉 鎖 空 間 (サガカノ) これは愛じゃない。恋じゃない。 これは生きていくために呼吸するのと同じくらい必要で当然のことなんだ。 「ってことでチューしろサガ」 首に腕を回してきて、唐突にそんなことを告げるカノンにサガはこめかみを押さえた。 「カノン、わたしはお前の言っている意味がよくわからない」 「だからお前はなんにも考えずにオレにチューしてくれれば良いんだって」 さっきから言ってんだろ、と胸を張るカノンにサガの頭痛はちょっぴり悪化した。 「だからそれでは話が繋がっていないではないか」 「いいんだよ。ほら早く。サガはオレが窒息しちゃっても良いのか?」 サガを急かすように唇を突き出すカノンに、 「それは困るな」 やれやれ、と触れるだけの口付けをひとつ贈ってやる。 ニッコリと嬉しそうに綻ぶ目許に、可愛い弟だと頭をなでなで、 「しかしカノンよ」 「んー?」 「キスすれば逆に呼吸し難いのではないか」 ついそんな疑問も浮上して、 「そういう普通のつっこみは今は受け付けん」 はあ。まったくサガ様はノリが悪いぜ、とそっぽ向かれてしまった。 そんなカノンを捕まえて、 「まぁお前の言いたいこともわからなくもないのだがな」 抱きしめながら正直に告げる。 「わたしもお前の傍は呼吸が楽だ」 「ふふん、だろ?」 カノンの言葉を肯定して、ああ、だからやっぱりこれは愛じゃない。恋とも呼べないだろう。 こんな風に二人で、二人だけしかいない閉じられた世界でする恋は間違っている。 でも互いが必要過ぎて、触れ合えばぴったり重なるところも多過ぎて、 きっともう手遅れだ。 「それを言うならオレたちは生れ落ちたときから手遅れだぜ、兄さん」 サガの言葉にカノンは昔を髣髴させる表情で口角をつり上げて笑った。 なんか最後のカノンたんが病みました。あれ?(汗) 笹に吊るした短冊に念入りに念入りに願いを込める。 「‘サガがもっとオレに優しくなりますように’ …カノンなんだこれは?」 そんな弟の姿に双子座の黄金聖闘士は端整な眉を顰めた。 「いや、そのまんまの意味だけど」 すっぱり言い切るカノン。命知らずは常と変わらない。 「この世界にわたし以上に優しい兄などおらん」 特にお前のような弟に優しい兄は、とサガはカノンの短冊を指先で弾いた。 カノンは、あーサガの罰当たり!と文句を言う。 待てカノン。お前の‘罰当たり’の使い方はちょっと間違っている気がするぞ、とサガは少し首を傾げた。 「大体その自信は何処から出て来るんだよ!絶対居るって」 フェニックスとか一輝とかフェニックス一輝とか!!と叫ぶカノンに 「つまりフェニックス一輝しか居らんのではないか!」 サガも負けじと言い返す。 「いや、それはオレが知らないだけだと思う…」 ごにょごにょ言いよどむカノンにふう、とため息をひとつ。 「そもそも一年に一度の逢瀬で忙しい恋人たちに願い事などしても叶えてもらえるわけなかろう」 「サガお兄様は夢が無いな」 つまらん、と不満を露わにするカノンにサガは柔らかく微笑って 「まぁわたしはお前のこういうところが好きだよ」 今度は短冊にくちづける。 「…………」 「ん?どうした?」 「…いきなりだから驚いた」 「お前の願い事を叶えてあげたのだ」 ああ、そうか、と納得。手のひらをポンと叩く。 サガに願ったほうが早いのな、と気付いたカノンは、 目の前の半身に両腕を伸ばした。 「カノンは甘ったれだな」 苦笑いをひとつし、カノンを抱き寄せるサガに 「お前が甘やかすからだ」 カノンは満面の微笑みを浮かべながら、ぎゅう、と抱き着いていた。 七夕にはサガカノが書きたくなります。 この二人って13年も逢えなかったんだから彦星と織姫も真っ青ですよね。 「カノン、わたしの愛をあげよう」 そう言い、お兄様がニッコリ。 「いや、要らん」 山羊座の聖剣の如し、スッパリきっぱり、そんな言葉が口をついたのは、その笑顔があまりに薄ら寒かったである。 「遠慮するなんてお前らしくもない」 ぐいぐいぐいッ!!!! 「いやいやいやいや、遠慮じゃない。本心から要らん、と言っているんだ、オレは! 大体だな。そんな神のような微笑を湛えながら、なんでお前は法衣を押し付けるようとしているんだっ!」 押し返そうとぐぎぎぎっ!!!! 「こんなのは愛じゃなーーーーいッッ!!」 カノンは盛大に反論した。 「……そうか」 だがすると、サガが端整な眉根を寄せるから、予想外にしょんぼりした姿を見せるから、カノンの胸が 「うぐっ!!」 と圧迫される。 「仕事を早く終えれば、カノンと共にいる時間が増えると思ったのだ…。だが、わたしの愛情は間違っているらしいし、仕方無いな…」 「〜〜〜っっ!」 更に追い討ちを掛けるかのように淋しそうに言われて、カノンは声にならない声を上げた。 「ああっ、もう、貸せ!」 手元の法衣を乱暴に引ったくる。 「カノン?」 「ふんっ。オレを誰だと思っている。かつてポセイドンの代行者として海闘士を指揮していた男だぞ!」 ガタガタと椅子を鳴らして、先程までサガがデスクワークに励んでいた机につく。 「まぁ、あまりデスクワークには関係無い功績な気もするが…?」 「うっさい!」 首を傾げるサガの冷静なツッコミを一蹴し、 「とにかくだ。オレが本気を出せばこんな山積みの書類など光の速さで片付けてくれるわ!」 ウワーッハハハハッ、と笑い声高々に早速書類に目を通し始めた。 「そうか。頼もしいな」 サガはもう一度ニッコリと極上笑顔で微笑む。 「…てかお前、休憩したかっただけだろ?」 顔をあげずにカノンがぶつぶつ。 「そういえばカノン」 サガはその質問には答えずに、違うことを問い掛けようとした。 「……なんだ?」 言っても無駄かとカノンが折れれば、 「お前は海闘士を指揮していたうんぬんの前にわたしの弟だろう?」 ―― だから、期待しているよ。 そう言い、下を向いたままのカノンの髪に口付けを一つ。 「……お前の愛情は性質悪すぎ」 沸騰したかのような顔が上げられなくて、つむじを見下ろしているだろう兄に向かって、負け惜しみを言い放った。 |