手 遅 れ (サガ←カノ) オレは他人を信用しなかった。でも己は信じることが出来た お前は他人は勿論だし己自身も信じることが出来なかった だからオレとお前の苦しみは違ったんだな (って今更気付いても遅過ぎるか…) そんなことを考えながら岩牢から見た夕焼けは、茜色が滲んで見えた オレは波飛沫が眸に入ってしまったからだと思い込むことにした カノンは自分が泣いていても気付かないことがありそうです。 カノンが見たものを、BUMPの真っ赤な空を見ただろうか、の影響でうっかり夕焼けにしちゃった。 はあ、 テーブルの上の山積み書類を見て、カノンは深いため息をついた 「まったくどこのどいつだ!クリスマスは恋人同士のイベントなんて言ったやつは」 ぶーぶー言ってみるがとりあえず手を動かさないことに目の前の仕事は片付かない うーと唸りながらカノンはペンを握り直した 「安心しろカノン。わたしたちはクリスマスに恋人同士で居るではないか」 そんなカノンの様子を眺めながらサガは苺の乗ったクリスマスケーキを突っついていた 「…オレは仕事中だ」 サガをはっ倒したい気持ちを抑えながらカノン 「それは常日頃の勤務態度に問題がある。自業自得だ」 サガの言い様にむむっ でも言い返せず言葉に詰まるカノン カノンは、もうお前リビングから出て行け、と盛大に叫びたい衝動に駆られた 双児宮のリビングにカノンがペンを走らせる音とサガがカップをソーサーに置く音が響く 「カノン」 ぱらり カリカリカリ ぱらり カリカリカリ 「カーノーン」 「ああっもうっ…なんだよ!」 仕事の邪魔すんな、と顔を上げれば、目の前に生クリーム着きの可愛い苺 カノンは一瞬怒りも忘れて、きょとんと眸を瞬いた 「あーん」 サガの言葉につられ、口が開く ころんとカノンの舌の上に苺が転がり込み、生クリームの甘い香りと苺の甘酸っぱさが広がった 「それが終われば恋人同士としていちゃいちゃ出来るのだぞ」 だから頑張りなさい、とキスする寸前くらいの至近距離で囁かれ、 カノンは赤くなりながらも光りの速さで山積みの書類を片付けたと言う 遅刻しまくりクリスマス小話です。 勿論カノンたんの分のケーキもありますがお仕事が終わるまでお預けです。 くるくる季節が巡り、闇夜の深い冬がやってくる 「んっ、ぅん…」 そんな季節の月のない夜は息苦しさに目を覚ます 酸素を求めて、手を伸ばし空を掻けば、サガの長い髪に辿り着いた くしゃっと掻き乱すと、ようやく唇を解放された 「ふっ……はぁ、はぁ……」 「カノン…」 吐息と共に囁かれ、耳朶を甘く食まれる 耳を食うな、と思いながらも欲望への期待にコクンと喉が鳴った オレの反応にサガは気を良くしたようだ ククッと低い笑い声が聞こえた 心底恥ずかしい思いと、普段のサガとは違う笑い方に違和感を抱く 「サガ…?」 明かりを点けようとすれば、その手をとらわれ、 「…明かりは点けるな」 ちょっと不機嫌そうに言われてしまった オレは頭上にハテナを飛ばす でもその不可思議さは、 とらわれた腕をれろ、と舐められたことにより、あっさり霧散する 指を生暖かい口腔に含まれ、指と指の間を丁寧に舐められ、 「んっ……」 腰が甘く疼き出す 「カノン…」 ぴちゃ、といやらしい水音が鼓膜を震わす 「やっ、止め…サガ…」 口先だけの拒絶でお前を止められるわけもなくて… 「や、ああっ、ぁ…」 オレは美味しくサガに頂かれてしまったのだった *** あれから何度目も闇夜の深い冬が来て去って行き、暖かい春が来て去って行き、また冬が来た オレは白い息を吐きながら冬空を見上げる 「…なあ、あれはお前だったんだろう?」 ぽつりと呟くと、 「カノン」 優しい声が俺を呼ぶから 見計らったみたいで驚いた 冬空から声がした方向に視線を移せば、そこにはサガが立っていた 「何をしているのだ?」 「…もうひとりのお前を想っていた」 オレの言葉にサガは眸を瞬き、そっと微笑んだ 「それは妬けるな」 ぎゅう、とサガの両腕に閉じ込められながら、オレはもう一度冬空を見上げた サガの肩越しから見えるのは冬の空と、蒼い髪だけ あの頃この眸に映っていた闇夜と漆黒の髪はもう見えないけど 瞼を閉じれば、まだ鮮明に思い出せるから もう少しお前を想っていたい ―― 「駄目だろうか…」 サガの腕の中に居ながら他のやつを想うなんてサガに怒られるのでは、と思い、 ごにょごにょ言いよどみながら聞いてみる サガはくすくす微笑いながら、駄目じゃないよ、とオレの髪をそっと撫でてくれた 黒とサガは同じサガなんだけどやっぱり少し違うかもって思っているカノンだと良いなあ、とか 同じだけど同じじゃない。同じじゃないけど同じ、と言うか…うーん、言葉にすると難しい 黒カノでもサガカノでもカノンがサガの全部を、黒い部分もひっくるめた全部を、 俺の兄さんはしょうがないなぁ、と大切に想っているには変わらないと思うのです カチコチカチコチ音がする ああ、なんて耳障り! 灯りの消えたこの部屋で いつかきっと この時計の秒針のメロディに殺されるんじゃないかと思いながら オレは今日もひとり、 兄の帰りを待っている 双子座の運命を呪いながらもサガを待っていた頃のカノンたん でもカノンは心の何処かで自分が影で良かった、とも思っている気がします。 カノンはサガが傷付くの嫌だから カノンと生まれて、哀しいことばかりじゃなかった 幼い頃はずっと共に居たし、本当は心から愛していた わたしのことになると、自分のことを顧みないお前の優しさが、とても好きだった でもだからこそなのだろうか… お前がわたしを裏切ったときの怒りは止めようもなかったのだ カノンの裏切り。普通に考えれば、女神と教皇を殺せ、と囁いたことでしょうが、 それよりも自分の暗い部分を見透かすカノンがサガは怖かったのかなあ、と思う。 サガと居て、辛いことばかりじゃなかった 小さい頃はいつも一緒だったし、本音を言えば心底大好きだった あいつは、沢山のものを抱え込んでしまう性質で、しかもひどく傷付きやすいからホントに心配だった でもだからこそ余計なのかなあ… お前がオレを見捨てたときの憎しみは深かったのだ カノンがサガに捨てられたと思った瞬間は、サガが聖域と女神を選んだときだけど カノンは多分それ以上に自分の感情を抑え込むサガを見てられなかったんだと思う。 聖戦後 ―― 女神の大いなる愛と加護のもと アテナの聖闘士は生き返った 二度目、いや、三度目の目覚めの瞬間 (とき) サガが最初に目にしたのはアテナの柔らかい微笑みで、 でも最初に感じたのは自分にしがみ付いているカノンの 腕の力の強さだった 「カノンよ、少し苦しいのだが」 ぎゅうぎゅうと容赦ない力を込めるカノンの腕をそっと叩く 「…煩い」 カノンはサガの肩に顔を埋めたまま首を振り、益々腕に力を込めてくる 「…痛ッ」 サガが苦痛に呻く するとようやくカノンは腕の力を緩めて、サガの肩から顔を上げた 「お前が寝汚いせいだ」 カノンはアテナの小宇宙に中々応えなかったサガを責めた 「…すまなかったな」 言いたいことは数え切れないほどある筈なのに そんな言葉しか出て来ない むしろ何を言えばいいのかわからなかった 先程カノンが抱きついていてくれなかったらずっとわからないまま だったかもしれないくらいには… サガは困ったようにぎこちなく微笑んだ でもそれは昔の偽善の笑顔じゃなくて カノンはきつく噛み締めていた唇を綻ばせた 「サガよ」 「…ん?」 こつんと額を引っ付け合わせる カノンは先程より優しくそっとサガに抱き付いて 「おかえり」 静かにそう囁いた うん?アテナと双子を絡めたかった筈なのに全然違いくなった? 生き返るとき、お寝坊お兄ちゃんと、そんなサガ様を待っていたカノンたんです。 その頃のオレは、 真っ白い手を汚し始めたばかりの子供だった でも雨に濡れれば、血は流れ落ちていく 罪の痕跡など残らない 服を汚すほど馬鹿ではなかったことが幸いで最悪だ だからサガには気付かれていないとずっと思っていた *** さあさあ、と降り頻る雨の世界に ひとり立ち尽くす ふと馴染み深い小宇宙が近付いて来た 視線の先には聖域十二宮帰りのサガ サガはオレの姿を見つけるや否や 差していた傘を放り投げ、オレを抱き寄せた 冷えきった体にじんわり伝わるサガの温もり その背にしがみつきたくなって踏み止どまる 駄目だ 今のオレはサガに触れない 何のために此処に突っ立ってんだよオレは… とりあえず冷静になって、 お前まで濡れるぞ、と視線で訴える 「ばかのん…」 しかしそんな言葉が返って来るから少しカチン いや、かなりカチン! 「風邪でも引いたらどうするのだ」 「…べつにどうもしない」 苦しいなあ、って思ってそのうち治るだけじゃないか 思っていることをそのまま口に出す パンッ サガに軽く頬を叩かれた 一瞬ぽかん、と呆けて、 直ぐさまキッとサガを睨み付けた しかしオレはもう一度呆けることになった サガが泣いていたからだ その涙を見て、ようやく気付くのだ 流れ落ちるものならば、全部全部流れ落としてしまいたい ああ、でも 赤い赤い血のように、 犯した罪は流れ落ちたりしない 過ちは決して消えたりしないのだ 「…サガ、ごめん。泣くなよ…」 オレが犯した罪の中の1番の重罪はサガを泣かしてしまったことだった サガ様はカノンの前ではあんまり泣かないかなぁ、と思ったり、 いや、でもカノンの前だからこそちゃんと泣くことが出来るサガ様も好きだなぁ… どっちの設定も美味しいと思います。 なあ、サガ お前は知らない 聖域に向かうお前を見送るオレが 何度その背に追い縋り、行かないでくれ、って叫びそうになったかを… お前はいつもオレを置いていく 星の運命か 遡れば、それこそ神話のときからだ 仕返しってわけじゃあないけどさ 「最後だし許せよ」 冥界で双子座の聖衣を手放し、こっそり呟いた言葉は きっとサガには届かない でもオレは お前に置いていかれるのはもう沢山だ 淋しいのも沢山だよ だから先に行って待ってる たったの一度くらい許せよ ―― な、サガ… 連作なので下記に2つほど続きます。 カノンが言っている神話の〜はカストルのことです。 なあ、カノン この言葉は もうお前に届きはしないけれど… それがお前の最後のわがままならば、 仕方あるまい ただ わたしにも願いはあるのだ お前がわたしを置いていくなら わたしは一秒でも早く お前の元に駆け付けたい わたしとて お前を手放したあの時あの場所から 淋しいのはもう沢山だったのだから ―― 自分から手離したけど… サガはあのことをずっとずっと後悔している気がします。 サガもカノンが居ないときっと淋しい。 「早かったな…」 あの世で再会 サガの姿を見つけ、カノンは眸をぱちぱち瞬かせた 「そんなことはなかろう」 カノンの言葉に首を傾げるサガ 「一分でも一秒でもお前と離れているとわたしは辛いのだがな」 サガが苦しそうに眉根を寄せて言うから 「…じゃあ最初っから離すな、馬鹿」 カノンも切なさに眉根を寄せた その眸がぐっと涙を堪えていたから、サガはカノンをぎゅうと抱きしめた 「もう離しはせん」 「うん…」 13年と少し前から降り積もり続けた淋しさは、 これからの互いのぬくもりが解かしてくれるだろう ―― |