あなたの存在がわたしの光 (サガカノ) 買い物に出たら、帰り道であいにくと雨に降られた。 慌てて近くの店の軒下に駆ける。雨宿り。 せめてもう少しだけ持ち堪えてくれれば、とどんより空を睨む。 道行く人々はバタバタと慌てて走り去る者、諦めて濡れながら歩いている者、オレと同じように雨宿りしている者と様々だ。 程無くして傘を持っているものも増えてきた。 なかなか弱まらない雨足に諦めて濡れながら帰るか迷っていると、手を繋いだ小さな男の子二人が同じように店の軒下に駆け込んできた。 背の高いほう(と言ってもオレの腰くらいまでしかない身長だが)が小さいほう(こちらは膝くらいだ)の顔をハンカチで拭ってやっている。 髪の色は同じで顔立ちも似ている二人をそれとなく見下ろしながら、兄弟なのだろうと思った。 「カノン」 「…へ?」 そんな風に気を取られていたからか、声を掛けられるまですぐ側に来た馴染み深い気配に気付かなかった。 いつの間にか目の前に傘を差したサガが立っていた。 「よくここがわかったな」 「わたしを誰だと思っている」 「オレのおにーさまだ」 「そのとおりだ。帰るぞ」 天気予報はちゃんと見てから出なさい、とサガはオレに使っていないほうの傘を手渡した。 背を向けたサガを追い掛けようとオレは傘を開く。 しかし、しばし停止。 「なぁ、お前はそいつの兄さんなのか?」 不躾にとなりに声を掛けたら、キョトンとしたあと少年はしっかりと頷いた。 「そうか。じゃあ、弟を連れて早く家に帰れ。風邪を引いたらいけないしな」 そう言って傘を手渡す。 少年はえっ??えっ!? としばらく戸惑ったような様子で傘とオレの顔を交互に見ていたが、おにいちゃん、と寒そうに抱きついてきた弟を見て、今度は深く頭を下げた。 雨の中、笑顔で家路に向かう二人を見送り、オレはそのままサガの元に駆けた。 「サガ!! 入れてくれ!!」 「はっ?! 待てカノン、お前、先程の傘は何処にやったのだ?!」 「おにーちゃーーーん!!」 雨の音を打ち消すように可愛らしい声が響いた。 オレもサガも振り向いた。 「かさ、ありがとーーー!!」 大通りの曲がり角の手前で小さな弟のほうがオレたちに向かって短い腕をめいっぱい振っていた。 濡れるだろ、と言わんばかりに慌てて弟を抱き上げる兄にきゃっきゃっと楽しそうな弟。 オレが手を振り返したら、兄のほうも笑ってくれた。 サガが驚いたようにオレを見つめてきた。 「兄さん、褒めてくれないか?」 「……わかった。持ってろ」 「へっ?! わあっ!!」 傘を急に手渡されて慌てる。 さらにそのまま抱き上げられてしまった。 「ちょ、まっ、これはやりすぎ!!」 「先程の小さな子と同じようにして欲しかったのかと思ったのだが、違ったのか?」 「子供の頃じゃないんだぞっ。体格と年齢を考えろ!!」 「そうか。では、降ろそうか?」 「おっ、降ろせとは言ってないだろ…!!」 ぎゅうっとサガの首に腕を回す。 「カノン、お前はいい子だよ」 サガがオレの一等好きな微笑みで優しく笑った。 連日の雨で思い付いたサガカノでした。 ちびっこ兄弟にはカノンたんがヒーローに見えたはず。 そして、サガ様には可愛い可愛い良い子の弟に映るのでした。 15.11.17 up カレンダーに目をやる。ああ、今日か、とカノンは立ち上がった。 「テティス、ちょっと来い」 「はい、シードラゴン様っ」 カノンのデスクの前にやってきたテティスに、とりあえず座れ、と椅子を差し出す。 「シードラゴン様、コーヒーのおかわりじゃないんですか?」 「待て。オレがおまえを呼ぶのはお茶汲みして欲しいときだけではないぞ」 「えっ、じゃあ、なんっ?! あむっ?!」 不思議そうに質問を投げかけて開かれた口内目掛けてぽんっとそれを放った。 もぐもぐ。あむあむ。むぐむぐ。 そんな風に口を動かす度にテティスの頬が薔薇色に染まる。 「シードラゴン様ぁ、おいひーですー!!」 「そうか、良かったな。ほら」 二つ目も差し出すと、あーん。ぱくん、と満面の笑みで受け取った。 「おまえの誕生日は冬季限定チョコレート商品が多くて良いな」 「はいっ、おいしいですっ 」 「……待て。だからってオレの手ごとは食うな」 「あっ、シードラゴン様ごめんなさいっ!! つい!! あまりにチョコが美味しくて!!」 「あーわかったわかった」 いい年頃の娘なのにこんなに無防備で大丈夫だろうか。オレ以外の野郎だったらムラムラしたり襲われたりするんじゃないだろうか? カノンはついそんなことを考えた。 「おまえもいつか嫁に行ったりするのかな?」 「んぐっ…!!」 「おい、なんで詰まらすんだよ。ほら、お茶飲め」 「んくんくっ!! ぷはっ!! シードラゴン様、なんてことを仰るんですか?!」 「いや、最近、オレもプロポーズをされたのでおまえにもいつかそういう日が来るのかな、て思っただけだ」 「えっ、シードラゴン様!! 初耳です!!」 「…って、オレのことは良いんだ。今はおまえの話だろ」 「私はジュリアン様じゃないと嫌ですよ!」 「だろうな。頑張れ」 「はいっ!! ジュリアンさまぁ〜」 一途な人魚姫はアクアマリンの瞳を輝かせて、想い人の名を愛しげに呟いた。 今夜はそのジュリアンと食事会のはずだ。 「あ、これで最後だ」 「あむっ。ごちそうさまでした。ありがとうございます、シードラゴン様」 「ついでに今日着て行く服もあとで試着しとけ」 「…また新しいの買ってきてくださったんですか?!」 「好きなやつと食事するんだぞ。お洒落したくないのか?」 「し、したいです!!」 着てきます、とテティスは興奮気味に勢いよく席を立った。 しかし、部屋を出る前にぴたりと足を止めて振り向いた。 「私の夢が叶ったらシードラゴン様いっしょにバージンロード歩いてくださいね」 「…は? なんでオレが?!」 「だって、バージンロードはお父さんと歩くんですよ」 「ああ、そういう意味か。…って、誰がお父さんだ!!」 「えーっっ!! いやなんですか〜〜〜!!」 ひどいシードラゴン様ぁ、と扉に寄り掛かりながらテティスは涙目になった。 「……叶ったらな」 「はいっ♪ 頑張ります」 テティスは今度こそご機嫌な足取りで執務室をあとにした。 バージンロードに花嫁姿のテティス。 いちおう想像してみた。 世界一綺麗で可愛くて心の底から幸せいっぱいに泣き笑っている人魚姫が浮かんだ。 「……テティス、やっぱり頑張るのはほどほどで良いから、まだ当分先にしてくれ」 もう数年くらいはこのチョコレートを自分の手から食べてくれる誕生日だと良いのだけど、と思いながら、カノンは娘のような彼女が大好きなチョコレートの空箱を潰した。 テティスちゃんハピバ!! カノンが言っているプロポーズうんぬんは支部にある手折る者と散らない花とリンクしております。 15.11.21 up 誰にも見られてはいけなかった。 存在を知られてはいけなかった。 「え、サガ様が二人…?」 困惑したような声。 しまった、と、どうしよう、の二つだけが頭を駆け巡り青褪めてきつく目を閉じた。 その一瞬に大きく弾けたオレと同じ小宇宙。 噎せ返るような錆び付いた臭いにそっと目を開ける。 手刀で胸を貫かれた名も知らない雑兵と、頭から返り血を浴びた兄がそこに立っていた。 「あ…あぁ、サガ…」 「大丈夫だ。見られてない」 物言わぬ死体となったそれをサガはなんでもないように異次元に捨てた。 オレはますます青褪めたし、体も震えた。 「さ、サガっ…!!」 「うん? カノン、震えなくても良い。昨日と何も変わってない。大丈夫。今日も明日もその次もずっとずっと一緒だよ…」 血塗れの腕でオレを抱きしめる兄は、自分が泣いていることも気付かないままにとても綺麗に微笑っていた。 わたしとカノンを引き離すものなど、不要なゴミだから。 壊れかけているサガ様。 15.11.20 up オレたちは見えない鎖で繋がっていたように思う。 繋がっていたのか、繋がれていたのかは、もう分からない。 「お前が離れたら、わたしの首も絞まるから」 わけの分からない兄の言葉を振り切り、海に飛び出す。 何も起こらないし、あいつも迎えに来なかった。 なんだ嘘っぱちか。 安堵と腹立たしさを抱えて、涙が出た。 しかし、その鎖は無かったわけではなく、長かっただけだった。 時間を経てじわじわと絞まっていくひとつの鎖。 オレは腕に不思議な痕が出始めて、ずっとバンテージを巻いていた。 兄ほうの鎖の痕がどこに出ていたのかは当然分からない。 それから十三年の日々が流れた。 海底でオレの腕が痛む日が増えた頃、あいつがひとりで死んでいったと知った。 その日の夜、バンテージを取り替えるために解くと謎の痕が綺麗に消えていた。 それを見た途端、急激に心が冷えた。 腕が腐り落ちたほうがマシだとさえ思った。 おまえもそう思ったのだろうか? それとも、ただ、先に逃げただけだろうか? 確かめたくたってもう何も分からない。 15.11.22 up 11月23日。 カノンは日めくりカレンダーをぺらりしました。 「サガよ、今日はいい兄さんの日らしいぞ。きっと一輝みたいな兄のことを言うのだろうな」 「ほう、そんな日があるのか? なら、いい弟の日はないのだろうか」 「えっ? 多分、ないだろ」 「あったら、きっと瞬のような弟のことを言うのだろうな」 「……」 「カノン、どうした?」 「…サガなんか嫌いだ!!」 「お前が先に言ったのではないか」 「うるさいうるさい!! きらいだ……」 カノンは涙目で日めくりカレンダーをサガに投げつけます。 そのまま背中を向けました。 「危ないな」 サガは飛んできたそれを軽く受け止めると、ぱらぱらと2枚捲ります。 何かに気付いたように手を止めました。 カノンを後ろから抱きしめます。 「カノン、すまなかった。泣くな。でも、わたしはカノンが良いな」 「…さっき、瞬が良かったと言ったではないか!!」 「そんなことは言ってない。いい弟とは、という話をしただけだ。瞬が弟なら良かったとは一言も言ってないぞ」 カノンはようやく顔を上げました。 「…オレだって一輝が良かったなんて言ってない」 「ああ、わかっているよ」 サガは涙に濡れたカノンの頬をやさしくそっと拭うと、 「カノン、見てごらん」 先程、11月25日まで捲った日めくりカレンダーを見せました。 「…明後日がどうかしたのか?」 「弟の日は分からぬが、わたしとお前の日は見つけたぞ」 「えっ?」 「いい双子の日だ」 カノンは驚きに眸をパチパチと瞬きました。 「機嫌を直しておくれ、カノン」 「…もう、なおった」 もそもそとサガの腕の中で振り向いたカノンは言いました。 「でもさ、オレたちはいい双子でもないだろ、兄さん?」 また素直じゃないことを紡ぐカノンの唇に、内緒話のように指を立てながら、 「もっと他に言うことは?」 「ん、オレはサガが兄さんで良かったし、サガと双子でよかったと思う」 「わたしもだよ」 二人でようやく笑い合いました。 そんな11月。 良い兄さんと双子の日用の小話でした。いい兄さんの日には間に合わないし、いい双子の日にはフライングだしの真ん中に上げました(笑) カノンたんはサガ様に甘えたくて、いい兄さんして欲しくて構え攻撃したものの反撃にあいました。サガ様もそれが分かっているから、結局、最後は甘やかしてあげるのです。 15.11.24 up back |