深 い 深 い 海 の 底 で (サガ←カノ) 深い深い海の底で お前を忘れようと必死になっている。 幸い、此処に居るかぎり、お前の関連するモノは何も無い。 そう残酷なまでに、 オレ以外は何も無いのだ。 だからこそ、 オレは自分の顔が、声が、細胞の一つ一つ、 すべて大嫌いになってしまった。 忘れたくとも忘れられない。 外側から見えない内側に、裂傷を抱えている。 そこから鮮血が滴って、癒す手段も知らないから お前はいつも血が足りないのだろう? ボロボロのサガに、 消毒液と傷薬と包帯を差し出してやる。 サガはいつもいつも薬を通り越してオレの腕を掴むのだ。 そして 「違う。必要なモノは…」 お前なのだカノン、と云ってくるので、 首筋をさらして、オレの血でも啜ってみるか、と返してやる。 するとサガは何も云わなくなる。 だが、オレを捕らえている腕の力は緩まない。 ふう、とひとつ息を吐き、サガの頬にくちびるを寄せた。 ちゅっと音をたててくちづけると、 紺碧の眸が驚いたように数回瞬いて、カノンもう一度、とねだられる。 ズルズル体を移動させて、今度は首筋に噛み付き、 オマケに舌も這わせてやる。 サガはくすぐったいな、と、子供のように微笑み、 ようやく見せてくれた柔らかな表情に、オレは心底ホッとした。 オレが舐めて治る傷ならば、早くねだれば良いのだ。サガのアホ。 なんだろう?こう 「らいおんハート」 ってイメージです。 しかしいかん、サガが受けくさい! いや、サガは大いに受けくさいと常々思っているのですが (笑) 陽が沈み、夜が来る。 眠ることが恐いのだ。 月のない夜は特に恐くて、 眠りに堕ちて、次に目を覚ましたとき、 お前が居なくなってしまっているのではないか、と、不安になるのだ。 だから眠るとき、いや、目を閉じるとき、 出来る限りお前の手を握っていようと思う。 そうしたらオレがいつでもお前を連れ戻せるだろう。 お前がとても心配だよ、サガ。 黒サガが目覚め始めた頃。 オレは、天が嫌いだ。お前を奪ったから わたしは、海が嫌いだ。お前を奪ったから オレは、闇も嫌いだ。お前を隠してしまうから わたしは、波も嫌いだ。お前を攫ってしまうから つまり、オレたちは互いにヤキモチ焼きと云うことだな。 ふむ、そんな簡単な言葉で片付けてしまうのも如何かと思うが、 つまるところそういうことなのかもしれないな。 弾き出した答えに双子は互いの顔を見合わせ、クスクスと笑った。 二人とも嫉妬深い、と言うか、相手を束縛したいと言うか、 ベッドの上でサガとごろごろ。 時計の針に目をやれば、おやおやもう日付が変わっているではないか。 「サガー。新年だ」 「ああ、ほんとうだ。おめでとう、カノン」 「…なあ、サガ。その‘新年おめでとう’とか云う挨拶なのだが、 一体何がめでたいのか、オレは毎年よくわからん」 「それはつまりあれだ、カノン」 「…どれだ?」 「わたしとお前がまた一年共に過ごし、生きていけるから‘おめでとう’なのだよ」 「おお、なるほど。ではオレも云っておこう。 あけオメで今年も宜しくだ、サガ」 改まって、新年の挨拶を交わしながら 初詣のお参りは、 サガにずっとずっと‘おめでとう’と云えますように、で決まりだな、と カノンは思った。 フライング新年ネタでした。 双子は年末年始、春夏秋冬、そりゃーもう一年中ひたすら (つまるところ常に) イチャイチャ引っ付いていれば良いと思います。 ぐいぐいぐいっ。 子供が親に玩具をねだるときのように、かの人の服の袖を引っ張る。 なあなあ、オレに構えよ、サガ。 サガは、 最初は、億劫そうに視線の端でオレを捉える。 次に‘わたしの弟は仕方がないな’と苦笑い。 続いて、体の向きを変え、 最後は、穏やかな微笑みで‘おいで’と手を差し伸べてくれた。 サガの手に、ぴったりバッチリおんなじ大きさの手を重ねて、ぎゅう。 そして今度はオレがぐいっと引っ張られる番になった。 サガの腕に閉じ込められて、ニッコリ微笑む。 双子座の黄金聖闘士 (弟) は、28にもなって、 13年間の空白を、大好きな兄に甘えたかった頃の空白を、 埋めている途中である。 抱っこして、なカノンたんが書きたかった。 オレは、サガのいつもと違う色彩の髪に触れていた。 感触はいつもとおんなじだった。 「なあ、髪真っ黒だな」 「あいつの心の闇を表しているのだ」 そいつは髪を撫ぜていたオレの手を、サガの胸に押し当て、愉しげに口角を吊り上げる。 「なあ、眼真っ赤だな」 「あいつが血に餓えているのだ」 空いているほうの手で、今度はサガの瞼に触れ、問い掛けを続けてみた。 すると‘ぱくり’なんて可愛いものではなく‘がぶり’と首筋に噛み付かれた。 痛いな、おい、と眉を顰め、 云われたことには、そうなのか、と首を傾げる。 オレは、サガとお前が泣いて泣いて沢山泣いて、赤くなったのかと思っていた。 「わたしも泣くと…?」 「哀しいことや、苦しいこと、辛いことがあったとき、人は誰しも泣けるものなのだ」 ああ、でも、サガとお前は知らないのだな。泣けないのだな。 ぎゅう、とサガの体を抱きしめる。 サガじゃない、けど サガだから お前も放っておけないよ。 優しいカノン。 それでもサガは、黒サガを否定したいので、この後揉めるのかもしれない。 サガよ、お前が暗い闇の淵に沈んでしまったら オレひとりの力では、引き上げれないのだ。 オレはお前と同等の力しか持っていないから お前が自力で這い上がって来ようとしない限り、引き上げることなんて出来ない。 では、手を離すと良いよ。カノン。 お断りだ! オレはお前をひとりになんてしてやらない! 引き上げれないときは、仕方ないからオレも一緒に沈んでやるさ! 二人で産まれて、二人で生きて、二人で堕ちていけば良い。 13年前、聖域で、 お前のよく通る声が、オレを 「カノン」 と呼ぶ。 それが唯一の倖せだったのだ。 今は如何なのだ、カノン。 今もサガに呼ばれると倖せな気持ちになる。 そうか、カノン。 ん…? カノン、カノン… うん。 愛しているよ。 ……ッ! カノン、どうかしたのか? …サガよ、倖せ通り越してうっかり昇天するところだったぞ。 それは非常に困るな。では、もう云わないでおこう。 いじわるするな。 可愛い子ほど虐めたくなるものなのだよ、カノン。 カノンはサガに名前を呼ばれると倖せ。 始まりのとき、私たちはひとつの存在だった。 サガとカノンに分かれず、ひとつのままで生れ落ちていたなら 私たちは過ちを犯さずに生きることが出来ただろうか。 …それってつまり、 オレが居ないってことか。 いや、そうとは限らないだろう。 私の存在が消えて、カノンお前が…―― やだ、 そんなの絶対に御免だ。 過ちを犯し、罪を贖い生きるほうをオレは望む。 …二人が良いのだ。 苦しみが増すとしてもか? そうだ。 たとえ汚れきった手でもお前を抱きしめることは出来るからな。 ひとりでは自分の膝を抱えるしか出来ないぞ。 ―― ぎゅっ サガが居て、オレが居るから、 別々の存在だからこそ、出来ることもあるのだ。 …そうか、なるほど。 確かにその通りだ、カノン。 サガが嫌なら止めてやるぞ。 本気で嫌なら疾うにお前を突き飛ばしている。 ―― ぎゅう カノンはあたたかいな。 サガもあったかいぞ。 |