血と傷とこの腕に抱いた君と (リア+シャカ+ロス+シュラ)


 昔話をしよう。今から十三年前の話だ。

「にいさんっ」
「アイオリア!」

 隣に住む小さな獅子は金色の羽を持つ兄といるとき、いつも太陽のような笑顔を振りまいていた。

「シャカ、お前はずっとアイオリアの傍にいてやってくれ」

 その言葉は裏を返せば、己はずっと傍にいれないと言っているようなものだった。

「何故それを私に言うのかね?」
「そうだなぁ。お前なら変わらないと思うからかな」
「不変のものなどありはしないのだよ。今、君の腕の中でぐーすか寝ている小さな獅子もいずれ聖域に敵対するものに牙を向きその拳は血で染まる」
「それでもシャカは変わらないだろう?」
「……」
「なんだ、変わるのか?」
「アイオリアが変わらないのなら、私も変わることはない」
「良かった。ありがとう、シャカ」
「……リアが変わるとは思わないのかね?」
「思わない。この子は私の宝で誇りだから」

 数日後、アイオロスが反逆者として聖域を追われた。

 サガもこつぜんと姿を消した。

 兄の次に小さな獅子を可愛がっていたシュラは何も言わなかった。

 デスマスクは何かを知っているようだったが、その後から巨蟹宮と双魚宮にしか立ち止まらなくなったので、私とも獅子とも話すことは無かった。

 アフロディーテは優しく微笑むのをやめたし、サガがいないからか下の宮にやってくることが無くなった。

 ムウも姿を消していた。

 真実と言うものが何ひとつ分からない十二宮で、沢山のものが壊れかけていく始まりの音を聞いているような気がした。

 私は荒らされた獅子宮に降り立つ。

「リア、アイオリア」
「シャカ、兄さんは逆賊なんかじゃない」
「そうか」
「そうだ」
「わかった」

「…うっ、うっ、うあああっ!!」

 大声で泣き崩れる獅子を見たのはこのときが最初で最後だ。

 その次の日、立ち上がった獅子の目が前を見ることを止めなかったので、私はどうやら射手座との約束を違えずに済んだようだ。
 もちろん、その目が輝きを失わないからといって、その心が癒えたわけでも傷付いていないわけでもなかったのだけど。

 そうして、聖域から金色の羽が失われた年の11月30日の夜。

「人馬宮で寝ていたぞ。中はひどい有様だし、連れてきた」
「獅子宮は隣だが、何故ここに連れてくるのかね?」
「お前のところが一番安全だろう」
「今、この聖域でアイオリアが泣かずに眠れる場所などありはしない。君が奪ったのだろう」
「逆賊には死を。…だ」
「それをアイオリアが起きてる時に言えるのかね?」
「……」
「シュラ、君やデスマスクやアフロディーテが何を知っているのか私は知らぬ。サガが何故突然消えたのかもだ。それでもアイオリアが傷付く理由を増やすのなら…」
「今日はやけに饒舌だなシャカ」
「……六道に落とされたいか」
「遠慮しておく。…アイオリアを頼んだ」

 子供体温そのままなあたたかな体を預けられた。

 重い。あたたかい。ちゃんと生きている。

「君は何故あんな男に抱きかかえられて運ばれて、起きぬのだ?」

 きっと、シュラがこの小さな獅子を傷付ける気がないからなのだろう。
 しかし、どいつもこいつも勝手に頼んでばかりなのだよ。
 最後まで優しく出来ないなら、優しくなんてしなければいいのに。

「にい、さん……」

 涙声の寝言を聞きながら、傷だらけの頬に手を当てて癒やしの小宇宙を流した。

 そういえば、今日は。

「アイオロス、今日は君の15歳の誕生日だな」

 私の独り言は誰にも届くこと無く、処女宮に消えた。

 昔話はここまでだ。

 それから、十三年後、最後まで優しく出来ないのは自分も同じだと思い知ることになった。

 ―― あの世に舞い戻ってシャカに詫びよ!!

 ああ、冥府にいても黄金の獅子の真っ直ぐな声が聞こえる。
 もしかすると、この声が聞こえるから、あの金色の羽はいつも正しい道を迷わず選びとり、星矢たちを導いてこれたのだろうか。
 髪をばたばたとなぶる冥界の風を受けながら、そんなことを思っていた。



金色の獅子を腕に抱える。
アイオリアをさまざまな形で愛している人たちのお話でした。
2015.11.16 UP

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