痛 々 し い ほ ど (童シオ) 知って哀しむ、知らずに傷付く、 どちらも辛いことには変わりない。 「どうして、わたしに話してくれなかったのだ…」 拗ねたようにそっぽを向いて、シオンが云う。 童虎は答えを返す前に、シオンの顔を覗き込む。 そこには、泣き出す寸でのように揺らぐ薄紅の珠玉があり、胸が奥が軋みを立てた。 「おぬしにそんな表情をさせたくなかったからじゃ…」 柔らかな頬を撫でて、シオンの顔を上げさせた。 わしを残して逝くとなれば、おぬしは哀しむじゃろ。 最期の最期くらい、何にも憂えず逝って欲しかったのじゃ。 本心をありのまま伝えて、まあ、それ所では無い最期じゃったがな、と苦笑い。 童虎の言葉を聞いて、シオンは結局泣き出してしまった。 薄紅の珠玉からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。 人も時間も通り過ぎていく。置いていかれる。 想像では童虎の痛みにはなりえないが、それでもシオンは想像してみた。 己だけが取り残されていく未来を。 そしてゾッとした。 シオン自身、永きときを生きたが、その苦しみや辛さの比では無かったろう。 気付けば、カタカタと肩は震え出し、顔は青褪めていた。 それに気付き、童虎はシオンを抱き寄せた。 よしよし、と背を擦る手が温かくて、益々涙は止まらなくなった。 女神には恐れ多いが、神々の秘法は残酷なものだと思った。 「つら、かったか?」 「ああ、辛かったの。苦しかったわ。 でも、大丈夫じゃったよ」 童虎の言葉にシオンは何故だ、と首を傾げるしか出来ない。 こやつの強さは何処から来ているのだ。 不思議で不思議で仕方無かった。 「わからぬか?」 首を傾げるシオンに、童虎はニッコリ微笑む。 シオンは益々きょとん、とした。 涙でぐしゃぐしゃになったシオンの頬を両手で包み込み、そっと囁く。 「シオンが居ったから平気じゃった」 ただその代償か、 シオンが居ない13年間ほど、空虚な日々は無かったのだが。 「わたしはお前に何もしておらん…」 「自力で永きときを生きたではないか」 そりゃ、もう妖怪並に。 ケラケラと笑いながら童虎が云う。 ボカッと栗色の頭を叩く音が大きく響いた。 「い、ったいのぉ」 「阿呆…!」 だが、本当のことじゃ、と童虎はやっぱり笑っていた。 シオンが聖域で生きている。己とおなじときを生きている。 それ以上に自分を支えるものなど無かったのだ。 「やはりお前は阿呆だ…」 シオンは呆れたように呟いた後、柔らかに微笑み、 先程叩いた栗色の頭を胸にかき抱いた。 お前の強さが、わたしにはすこし眩しすぎるのだ。 シオンさまは童虎さんの前だと泣き虫なのです。 「刹那煌めく流れ星を見つけたとき、 いつもいつも お前のことばかり想っていた気がする…」 それは、 閨の天井をぼんやりと見つめながら シオンが云った言葉。 「願うのではなくてか?」 童虎は、翡翠色の柔らかな髪を指で弄び、すこし首を傾げた。 シオンは、コクンと頷き、童虎を見る。 「星には叶えることの出来ない願いと、疾うに知っていたからな」 淋しげな笑みに、ジッとしてなど居られなくなる。 童虎は上体を起こし、シオンの唇に触れるだけのくちづけを贈った。 そしてシーツにたゆたう髪を潰さないよう、シオンの顔の横に両手を着く。 「想うことを止めようとは考えなかったのか」 「……そ、んなことは考え付きもしなかった」 シオンは驚いたように、瞳を瞬く。 童虎は嬉しいことを云うの、と笑った。 「それは光栄じゃの」 「わたしの頭の中は女神と聖域、お前と、ムウのことでいっぱいだったのだ」 「…ふむ、その言い方はわしが三番目のようで気に食わんの」 もちろん、本気で気に食わなかったワケではないが、 それでもシオンが自分のことで困る姿が見たくて、ついついそんな言葉が口につく。 「う、うるさい、 細かいことを気にするな。 だいたい童虎!お前は如何なのだ!」 怒りと恥ずかしさに頬を紅潮させ、シオンはがなる。 「ん?わしはシオンのことばかり考えておったよ」 「聖闘士としてあるまじきことだ」 こういうとき、童虎が返す言葉は決まっており、 それに対してシオンが返す言葉も決まっていた。 「では、女神と聖域、紫龍と春麗のことばかり考えておったよ」 「…わたし以上のものがあると申すか」 もう一度意地の悪い言葉を紡いでみる。 シオンは端整な顔をむう、と顰めた。 「どっちにしても怒るのではないか」 やれやれ。シオンは我儘じゃ、と童虎が云う。 「お前はわたしのことを考えていろ」 「シオンは、わしのこと‘だけ’考えてくれんのにか」 そして気付くと、すこし剣呑な雰囲気になっていた。 童虎の言葉が、刃となってザックリとシオンの胸を刺す。 「そうだ。わたしは女神や聖域を切り離して、物事を考えることなんて出来ない。 …だからこそ、 お前には、わたしのことを考えて欲しいのだ」 狡い、とわかっている。 どうしようもない甘えだと、それも知っている。 幾多の嘆きを聞いた。哀しみも見てきた。 ‘カノンの存在は、聖域では無きものとして扱われる’ そう告げたとき、 サガの表情がどれだけ悲痛に満ちたか、鮮明に覚えている。 それでも必要とあれば切り捨てて来た。 それなのにどうして、童虎を想うことは止められないのか…。 叶わないと、届かないと、知っているのに、支えだった。 「わたしは卑怯だろうか」 「ああ、そうじゃの。 わしのアリエスは仕様がない」 遠慮もなしにズゲズゲと言いながら、 童虎はシオンを腕の中に閉じ込める。 「だが、おぬしは教皇である前に、人間なのだ」 皆苦しんできた。もう哀しみを混ぜ返すな。 童虎はそう云い、シオンの背を撫でた。 「おぬしはわしに甘えておれば良い」 然為れば、星に願わずともおぬしの願いは叶えられるのだ。 聖域は異常な感じのする場所だな、と。 カノンの存在が知られていないうんぬんで、特にそう思いました。 童虎さんはシオンさまを聖域 (と言う柵) から解放してあげたいのかな…。 ひとりはカツンカツン、ひとりはペタペタと、聖域の石段を進む。 「シオン、もうすこしゆっくり歩け」 足が疲れるではないか。 翡翠の髪を揺らして、石段のだいぶ上を歩む背中に、童虎はそう訴えた。 億劫そうに振り向き、薄紅の双眸が呆れたように此方を見る。 「ふん、この短足め」 あいかわらず口が悪いのぉ。 それでも自分の言葉を聞き、カツーンカツーンと澄んだ音を響かせながら石段を下ってくるところが、口の悪さと相まって愛らしい。 シオンは、童虎が居る石段よりひとつ上の石段で歩みを止め、白い手を差し出してきた。 「……」 碧色の双眸を丸々と見開き、童虎は言葉を失う。 「…童虎、間抜けな顔をするな」 「なんじゃ、これ」 「見てわからぬか」 「手じゃの」 「わかっているではないか。 さっさとお前の手を寄越せ」 「お、おお?」 シオンは‘ええい、まどろっこしい’と、強引に童虎の手を引き、再び石段を上り出した。 「シオン」 「なんだ」 「わしは、今猛烈におぬしと脚の長さが違って良かったのーとか思うたぞ」 「…単純なやつめ」 シオンのきつい物言いは変わらなかったが、 無邪気に微笑む童虎が嬉しかったのか、それとも単に離したくなかったのか、 繋いだ手に、ぎゅう、と力を込めた。 シオンさまは童虎さんと居ると可愛いし、童虎さんもシオンさまと居ると可愛い気がします。 心を許しているからこそ、互いにしか見せない素の自分が出る、とかだったら良いなあ、と思います。 しかしまあ、手を繋ぐネタが多いですね。だいすきなんです。 綺麗な指だな。 いずれ皺くちゃになるぞ。 それもまた良いではないか。 …ああ、そうだな。それも良いな。 ―― 今度こそ共に、おなじ生を刻み合おうではないか。 シオンさまの指は綺麗なの〜 (特に原作) 童シオの倖せは、こんな感じかな、と思いつつ。 「わが師シオンよ。 貴方は皆の前で見せる表情と、老師の前に居るときの表情が違いすぎます」 ムウはそう言い、シオンの顔を鏡に映し出して見せた。 「うーむ、普段と変わらんと思うのだが…」 「いいえ、まったく違います」 鏡を覗き込み、首を傾げるシオン。 しかしムウはガンとして譲らない。 「ほほう、愉しそうな試みじゃの。どれ」 其処で師弟の話に割り込む影がひとつ。 童虎はシオンの顎を掴み、引き寄せた。 強引に引っ張られ、シオンの首がグギッと鳴る。 「痛い!痛いわ、童虎!」 「うむ、いつも通りかわゆいぞ、シオン」 にっこりと人付きの良い笑顔で云われて、 シオンの白い頬がぼひゅっと音でも鳴りそうな勢いで紅潮した。 (…ほら、だから違うと云うのだ) 二人を眺めながら、ムウはこっそりとため息を吐く。 そうしていじけ半分、見て見ぬフリ半分で、そっぽ向き。 童虎はシオンを抱きしめ、ひとり言のように呟いた。 「これはわしの特権じゃからな」 例え相手がシオンの愛弟子だとしても譲ってなぞやらぬよ。 |