も う 離 さ な い


「くっ、届かんの…!」

 童虎は私の髪をひとたば掴んで、ムキになっていた。
 栗色の頭を、渦巻くつむじをじっと見つめながら思う。まったく相変わらず小さいな。
 幼子にするように頭をぽんぽんと撫でると、童虎は眉を顰めて、首を振り、それから逃れた。

「止めんか。子供ではないぞ」
「可愛い頭だと思ってな」

 クスと、口の両端をつり上げ、云ってやる。
 揶揄交じりだ。でも ‘可愛い’ と思っていることも本当だった。
 栗色の髪、浅黒い肌、翠の彩りを持つ瞳は人付きの良い印象を与える。
 初めて逢ったときから変わらない。童虎は陽の匂いのする男だった。
 何もかも自分とは違った。
 そして違うものを持っている童虎だからこそ、強烈に惹かれた。

「シオン…」

 笑うことを止めない私を、童虎が恨めし気に睨んでくる。
 すこし屈め、と云えば良いものを。阿呆め。
 しかしこのままではらちが明かないな。
 そう思い、私のほうから唇を重ねてやった。
 驚いたのか、童虎は瞳も閉じず、それを受け止めた。
 軽く触れさせ、離す。そのつもりでした接吻だった。
 しかし童虎に頭の後ろを掴まれ、逃れられなくなってしまう。
 閉じていた唇を、舌先でなぞられる。

「んっ…」

 熱っぽい舌が、強引に口内へと侵入してきた。
 ど、童虎め…。
 突き飛ばしてやろうかと思ったが、舌を絡め取られ、吸われた途端、背筋を甘い痺れが走り抜けた。抵抗する気力を奪われる。
 互いの唇が離れる頃、私の息だけが上がっていた。
 腹の立つことだ。

「珍しいこともあるの」
「うるさい、唯の気紛れだ」

 童虎はからからと笑い、人懐っこい笑みを向けてくる。
 此方から仕掛けたのに、いつの間にか童虎に主導権を奪われていた。
 やはり腹立たしい。否、口惜しいというべきか。
 私の心をこんなにもかき乱すのは、童虎以外に居なかった。
 やつの視線から逃れるよう、ふいっと顔を背ける。

「シオン。あの椅子に座れ」

 すると童虎は、突然そんなことを云ってきた。
 憮然とした態度は変えず、視線だけを動かし ‘何故だ’ と問う。

「良い思いをさせてやるぞ」
「なッ…」

 臆面もなく云い、力強く腕を引かれる。先程の接吻のときとおなじように強引だ。
 ほとんど強制的に椅子に座る破目になった。
 童虎の顔を、鋭い眼光で睨み付けると、やつの顔が私の上にあることに気が付いた。
 見下げるのではない。いつもとは反対に見上げる形。
 不思議な感じのする光景に、すこし戸惑う。

「これならわしのほうが上だ」

 私に椅子に座っていて、お前は立っている。
 当然ではないか、と思いつつ、童虎が満面の笑みで云ってくるので、ものを言い返す気になれなかった。
 交わった視線は外さず、童虎の手が私の髪を梳く。
 その感触が心地良くて、瞼が自然と落ちる。
 目の前の逞しい胸に額を押し当てた。
 トクトクトクと響き、伝わってくる心音に、目頭が熱くなる。

 ずっと思い描いていた。
 あの頃のように、肩を並べ、お前とおなじ場所に立つこと、を ――。

 手を伸ばせば届く距離。
 名を呼べば返事が返ってくる距離。
 其処に童虎に居て欲しかった。

 叶う筈のない、悠久の願いだと思っていたが。
 長い長いときを経て、その願いは今叶えられている。

 互いが居るだけで、時間はこんなにもゆっくりと流れるものだったろうか、と改めて思う。
 私の髪を梳いていた手の動きが、ふと止まった。

「…童虎?」

 顔を上げようとしたが、存外強い力で抱きしめられていて、動けなかった。

「もう離さん」

 静かに、でも力強く、紡がれる言葉。
 目頭を熱くしていたものが、透明な雫となって頬を伝う。

「今度こそ共に生きるぞ、シオン」

 顔を上げると、唇を重ねられて、喋れなくなった。
 返事を聞いてからくちづけろ、馬鹿者が!
 心の中でそう罵倒しながら、返事代わりに童虎の背を強く強く抱き返す。
 腕 (かいな) には、逢えなかったときの分の想いもありったけ込めてやった。


end



ぎゃん、シオンさまが乙女になりました (あわわ…)
でもシオンさま可愛いんだもの。童虎さんの前だと特に!
タイトルは 『プロポーズ』 でも良かったかもしれないと思う今日この頃です。


back