い と し い ぬ く も り 同胞たちの死。 壊滅した聖域。 女神の死と、授けられた使命。 下された命は、途轍もない重圧だった。 長きに渉る、孤独との戦いだった。 そして、その総てが、我らを引き裂いたものだと、心のどこかで思っていた。 怨み、そして憎しみにも似た感情を抱いていたかもしれない。 シオンは聖戦の後、唯一つ残った、いとしい存在だった。 大切だった。むしろ大切すぎた。喪うことが、何より恐いと思うほどに。 己の中では、女神以上に絶対の存在。黄金聖闘士にあるまじきことだ。聖域を愛し、女神に誠心誠意仕えるシオンは、この感情を赦さないだろう。 だから手に入れようともせず、共に行こうと手を差し伸べることも出来ず、胸の奥の底の底に、その想いは隠した。心の奥の底の底に沈めたとしたも、己が生きている限り、否、死してもなお消えることなどない、真摯な想いだった。 仮死の法を施された身では、シオンとおなじときは刻めない。だが、それも構わなかった。 彼をひとり、置いていくことは決してない、と安堵すらした。 この世界に共に在ることが出来る。それで十分だ、と思っていた。 すべてが終わった今だからこそ、思う。 このことを、243年前聖域を去る際、あやつに言っていたらどういう返答が帰って来ていたのだろうか。 ―― お前の考えなど、お見通しだ。 いつものように高慢に見下し、鼻先で笑ってみせただろうか。 ―― 童虎…!お前! それとも怒りを露わに怒鳴りつけ、赦さない、と天に星屑を走らせただろうか。 どちらの場合もそうした後。 あの淡い紅色の瞳が淋しげに、そして痛ましげに、揺れる気がした。 聖域を捨てるなど、シオンには出来ない。童虎はわかり過ぎるほど、わかっていた。 聖闘士は女神のもの。教皇も女神のもの。 聖域のために生き、聖域のために死ぬ。そんな朋友だった。 だからこそ、すべてが終わり、平和になった今。 翡翠色の美しい髪を風に揺らし、五老峰の滝の流れを見つめている彼を嬉しく思う。 「何か面白いものでも見つけたか?」 後ろに腰を下ろして、問い掛ける。 シオンはひとつ息を吐くと ‘つまらん。滝しかないではないか’ と退屈そうに云い、体の向きを変えた。 童虎の肩に凭れ掛かり、小さく云う。 ―― お前が居なければ、このような場所、来たくもないわ。 手厳しい言葉とは裏腹に、シオンの声と表情はとても穏やかなものだった。 柔らかな風が吹けば、翡翠色の髪が童虎の頬をくすぐる。 肩に掛かる重みと、布越しにじんわりと伝わってくるぬくもりが唯嬉しい。 孤独と戦い、恋情を封じ込めながら、ひとり居続けた243年間と、何ひとつ変わらぬ景色、ごうごうと体に響く滝の音。 岩場に並ぶ背が二つになったことだけが、243年間と違っていた。 シオンはもう 女神の教皇ではない。 女神の聖闘士でもない。童虎も然りだった。 二人は、243年のときを経て、漸く いとしい者と共にいたい、と思う、ただひとりの人間に戻れた。 |