いつか夢見た世界で 初夏の空を見上げながら、もうすぐ二人のお誕生日ですね、と少女はやさしく微笑んだ。しかし、言われた当人は半分困った様子の微笑みを返して、そっとその首を振る。それでも少女は諦めきることが出来なかった。 「……アイオロス、どうしてサガとカノンは誕生日を祝わないで欲しいなんて言うのでしょう?」 本日5/30、アテナは教皇宮の謁見の間で珍しく憮然とした表情を見せていた。生まれた日はおめでたいことで祝福するべきです、と歳相応のように言い張る少女に、聖域の未だ若き英雄は石段の遠い先にある双児宮がある方角を見つめる。 「二人は己を咎人だと思っていますから、祝ってもらえる立場ではないと思っているのでしょう」 とくにサガは言い出したら聞きません、とアテナと同じく二人を祝いたくて、でも、そんなものは要らない。むしろ罰してくれ、と言わんばかりにそれを拒絶する友にアイオロスも傷付いているように見えた。 アテナはすっと椅子から腰を上げる。 「アテナ?」 どちらへ、と問う射手座に、決まっています、と振り向いた。 「私は二人の生まれた日を祝いたいのです。もう直接言いに行きます」 迷わずその場を去った小さな背を見送り、緑の双眸はこれは敵わないな、と何処か楽しそうに細められた。 ☆☆ 供もつけずにひとりで石段を下るアテナは、双魚宮ですぐに引き止められた。 「アテナ、ひとりでどちらに?」 「双児宮まで行って来ます」 「サガかカノンに何か御用でしたら、私共をお使い頂ければ…」 「いいえ、私が行かないと意味がないのです」 だって今日は二人の誕生日でしょう、と真っ直ぐに言う少女に、アフロディーテは少し躊躇いつつも口を開く。 「あの二人は祝いを辞退するかと思いますが……?」 特にサガはそうするでしょうし、サガが断ればカノンがそれを受けるとは思えません、とアフロディーテは率直な意見を伝える。しかし、アテナはふるふると首を振った。 「おめでとう、と一言伝えたいだけです。それすら言わせてくれないのだとしたら、それはサガがひどいと思いません?」 「彼はひどい人ですよ」 昔からそうですから、とアフロディーテは先程の英雄と同じように何処かさみしそうに双児宮のあるほうを見つめる。 「では、私もサガの意見を聞かないひどい人になることにします。今日だけは」 サガが好意を受け取らないなら私も押し付けます、とぷいっと子供のような姿を見せたアテナに、アフロディーテの長い睫毛に縁取られた眸が大きく瞬く。 「アテナ」 「何かしら?」 止めても無駄ですよ、と次の宝瓶宮に向かおうとする少女にアフロディーテはさみしそうだった眸の色を変え穏やかに微笑む。 「いえ、お気をつけて」 「ここは貴方達がいるから何も危ないことは起こらないわ」 ふふ、と微笑う少女は心から平和を愛している。そして、今のこの平和がこの世界に蘇った聖闘士たちの、いや、人々の上に成り立っていることをちゃんと知っている。その中にあの双子もきちんと含まれているのだ。 貴方達の愛と正義にいつも感謝しています、とどちらが仕えるべき立場なのか分からなくなりそうなほど恭しく言った少女の背をアフロディーテは静かに見送った。 「さてサガ、貴方はどうする…?」 敵は手強そうだ、とアフロディーテは双児宮に向けて薔薇の花弁を5月の風に乗せた。 ☆☆ 任務のために主が不在の宮や、また主がいる宮でもアフロディーテと交わした似たような会話をしながらアテナは双児宮を目指す。 天蠍宮では、どちらまで、とミロが声を掛けて来た。 「ああ、ミロ。通らせてくださいね。双児宮まで行かなくちゃいけないの」 「あの二人に何か御用ですか?」 「ミロ、今日が何の日か知っていますか?」 「…ああ、誕生日ですかな?」 「そうです。ミロはカノンを祝わないのですか?」 黄金聖闘士の中でカノンを最初に認めたのはミロだ。それを目の前で見ていたアテナは、二人の仲をよく知っている。 「カノンはサガがいれば何も要らないそうなので。海界を掌握していたわりに物欲の無いやつです」 まぁ、今度飲みにでも連れだして良い酒を奢る気ではいますが、と軽く笑うミロに、アテナは楽しそうに微笑った。 「ミロらしいわ」 「祝うな、と言われてその通りにするのは性に合わないのでね」 「私も性に合わなかったみたいです」 「好意の受け取り方が下手くそなあの双子にはそれくらいで丁度いいでしょう」 アテナの手を取り、主のいない天秤宮を抜け処女宮の出口までエスコートをしたミロは、お気をつけて、とあと3つほど宮をこえた先にある双児宮を指差した。 ☆☆ 「なんでアンタがひとりでここまで来るかね。他の宮のやつは何してたんで?」 他の聖闘士が見ていたら怒りそうなほどの態度で、億劫そうに声を掛けたのは巨蟹宮を守護するデスマスクだった。 「私が双子の誕生日を祝いに行きます、と言ったら皆通してくれましたよ」 「あ? やめたほうが良いんじゃねーですか?」 「どうしてそんなことを言うの。貴方は相変わらず私に意地悪ですね?」 「誰が意地悪だ。…あー、サガが喜ぶと思えねーし…。つか、邪魔しないほうが良いと思いますけど」 「……じゃま?」 きょとんと不思議そうにする少女は、デスマスクに双児宮の庭園が見下ろせる場所まで案内された。春の花々が咲き乱れるそこには、青い髪を持つ二人が重なるように寝転がっている。 「仲良くお昼寝中かしら?」 「ただの昼寝中かどうかは俺にも…」 ここからじゃ会話は聞こえませんしね、とデスマスクは意味深に言った。 「昔、此処からはなんも見えなかったんですよ」 まったく気付けなかったし何も知らなかった。カノンはずっと双児宮にいたらしいのに、サガの結界がそれを完全に隠していたのだとデスマスクは話し始めた。 「今は見えますよ?」 カノンはもう隠れる必要もないのですし、と少女が言うと、彼はくくっと笑う。 「見せるってことは邪魔すんな、てことだと思いますけどね」 それでも、行くので? とにやりと笑ったデスマスクに、ふっとサガがこちらを見た、…ような気がした。 「そうね…。迷宮で入れなかったら仕方ないので諦めます」 教えてくれてありがとうデスマスク、と言い残し、パープルピンクの髪を揺らしてアテナは双児宮へ向かう最後の石段を下りて行った。 「ハッ、アンタが入れないわけないだろ?」 ☆☆ カノンの穏やかな寝息と重みとやさしい体温を感じながら、サガは青い空を見ていた。先程、巨蟹宮のほうに見えたパープルピンクの髪の人物はアテナだろう。現に双児宮には自分と目の前の弟以外の強大でありながらもやさしい小宇宙が満ちている。 今日という日にわざわざアテナ自らこの宮にやって来るとは……。 祝いは1週間ほど前に丁重に辞退した。いや、正確には、弟は祝福してやってほしい、とアテナに伝えたのだが、そのすぐ次の日に本人から『オレのほうがお前より人を殺している。祝われる立場じゃない』とはっきり言われてしまったのだから、サガにもどうしようも出来なかった。 サガも、そしてカノンも、その意思は当日になろうと何も変わっていない。さて、どうしたものか。 アテナを出迎えるべきなのだが、サガの腕と小宇宙に包まれて眠るカノンは目を覚ましそうにない。 誰からも、アテナからすら祝福は要らないと言うくせに、兄さんと一緒にいたい、と言ったのはカノンの13年ぶりのわがままだった。だから、サガは日付が変わったその瞬間から、弟のその願いをずっと叶えてやっている。 「わたしはやはり聖闘士失格だな…」 アテナを迎えに行くよりも、カノンの側にいることを選んだ。その選択を自分自身で驚きながら、海色をした弟の髪をやさしく撫でる。 程無くして庭園に花よりも美しい女神はやって来た。 「アテナ」 「サガ、勝手に入ってごめんなさい」 「いえ、本来ならわたしが出迎えなければならなかったので」 申し訳ありません、と伝えると、アテナはいいえ、とサガの前に座る。白いスカートが花の上に広がった。 「汚れますよ?」 「お花が沢山なので構わないわ」 ここは綺麗ね、と花の絨毯の上でにこにこと微笑むアテナに、サガも少し微笑う。けれど、本題に入らなければ、とその表情は消えてしまった。 「アテナ、用件は分かっていますが…」 やはりわたしは、と口を開きかけたサガにアテナはしぃ…、とくちびるに人差し指を当てる。カノンが起きてしまいます、と視線で伝えられて、腕の中の弟を見る。やはりカノンはすうすうと気持ち良さそうな寝息を立てているばかりだった。 本来なら、存在を隠されていたカノンは他人の気配にとても敏感だ。たとえミロやアテナであっても他人が宮に入ってくればすぐにでも目を覚ますのだが、サガの小宇宙に包まれているときだけは何故かそれがまったく働かなくなってしまう。 アテナは兄の腕の中で安心しきって眠るカノンをやさしく見つめると、側にあった花をひとつその髪に飾った。そして、もうひとつ同じ花を手に取りそれはサガの髪に飾る。 「…アテナ?」 「二人にあげます。ここに咲いていたお花なのだから構わないでしょう?」 アテナが意味もなく花を摘むとは思えず、この小さな青い花はなんという名だったか、とサガは考えた。 「サガ、私は貴方を許します。前から許していますが、今日改めてもう一度伝えます。貴方とカノンはこれからはずっと並んで歩いて良いのですよ」 おめでとう、と言われるのかと思っていたサガはアテナの口から伝えられた言葉に、頭の中が真っ白になった。何かを言わなければと思うのに、声が喉に張り付いたように何も出て来てくれない。 「明日は私の……、いえ、皆の想いも受け取ってくださいね」 今日だけはお互いの祝福だけで良いのでしょう、と言うアテナにサガの紺碧の眸が揺れる。アテナは双子の意思を結局押しやることは出来なかった。幸せそうなカノンの寝顔にその勢いを削がれてしまったのかもしれない。 「二人でゆっくり過ごしてください」 素敵な一日を、と最後に言い残してアテナは庭園を後にした。 「邪魔はしてない…、と思うのだけど?」 どう思います? と首を傾げる少女に、巨蟹宮の入口で煙草をふかしていたデスマスクはさぁな、と興味無さそうに答えた。少しの間紫煙をくゆらせて、ようやく煙草を消し、アテナの手を取る。獅子宮までしか送らねぇんで、と言うデスマスクに、アテナはやっぱり意地悪だわ、と何処か楽しそうに言った。 また二人きりに戻った双児宮の庭園では、目を覚ましたカノンがその碧い眸をぱちくりとさせていた。ネモフィラの花を髪につけてこちらを見つめる兄の紺碧の眸から、ぽたぽたと大粒の雨がカノンの頬に降ってくる。 「サガ、どうしたんだ? 泣かないで」 眠り姫状態だったカノンに何があったのかは分からなかったけれど、13年間遠く離れていたその左手は、今誰よりも近くで愛しい半身の涙を何度もやさしく拭ってあげていた。 サガ様、カノンたん、ハピバ2016でした。 ぷらいべったーのほうで0時に頑張ってあげたもの。 カノンたんが眠り姫状態なのは日付け変わってからずっとサガ様に抱かれてて疲れていたからでした(笑) (ネモフィラの花言葉はあなたを許す) 16.05.30 up back |