たったひとりの…
研究に煮詰まったとき、苛々する気分を鎮める為、ふらりと出掛けることがあった。
行き先は、誰にも告げなかった。
自分でも何処に行きたかったのかわからなかったし、何処に居ても貴方なら迎えに来てくれるだろう、と私は確信していた。
誰も居ないところへ行って、原っぱの虫を追っ駆けたり、何時間もぼーっと呆けていたりしていた。
そろそろ帰ろうかなあ、と思い始めた頃、コツコツコツ、と足音が響く。
「ハロルド」
後ろから名前を呼ばれて、その場に寝そべったまま上を見上げていると、影がさし、貴方は困ったような、呆れたような顔をして、微笑っていた。
「あー兄貴」
起こして、と両腕を伸ばすと、その手をすり抜けて、貴方は私の頭をべしっと叩いた。
「まったく心配したんだぞ」
力のこもっていない小突きは全然痛くなくて、でも、何度も叱られたっけ?
「はい、はい、ゴメンなさいねえ」
反省を感じられないだろう声音で軽〜く私が答えると、貴方は多分に呆れたように、はあ、とため息を吐いた。
「帰るぞ」
一言告げて、私の身体を抱き上げる。
いつもの目線よりも随分と高い位置から辺りの景色を眺める。
急激に焦燥感に苛まれた。
身長が違う。
声も違う。
子供の頃は、全部一緒だった。
いつから、いつから、こんなにも違う存在になってしまったの?
「一緒に生まれてきたのに…」
私がポツリと呟くと貴方は少し不思議そうな顔をした後に、困ったように苦笑した。
「何も変わってないさ。お前が何処に居ても兄ちゃんは迎えに行ってやるぞ」
いつの間にか膨れっ面になっていた頬を、ふにっとつつかれる。
「……」
「私とお前はずっと一緒だよ」
「うん」
子供をあやすように頭を撫でられながら言われたのは気に食わなかったけど、貴方の言葉に私は救われていた。
貴方はたったひとりの私の分身
生涯変わることのない愛しい人