うしてそんなに優しいの?


 それは古びた記憶
 今でも己を縛り付けている呪縛


 *  *  *


 深々と音もなく降り積もる‘それ’を見ると
 自分なんて
 もういっそ埋もれてしまえば良いと思う。
 自然の力は強大で小さな自分など簡単に隠せてしまえるだろう。
 自分が居なくなって、喜ぶ者は居ても哀しむ者など居ないだろうし…
 ぼんやりとそんなことを考えて、過去の記憶が脳裏を過ぎった。

 ―― お前なんて…!

 ああ、まるで呪縛だ。
 いや、実際自分は呪われているのかもしれない。
 関わるものが、大切なものが
 いつも指の隙間から零れ落ちていく ――

 「雪降ると俺さまホント駄目だわあ…」

 純白の絨毯をサクサクと踏みしめ
 そんな呟きが零れた。
 前のめりに倒れ込めば、ぼふっと白い結晶が舞い、深紅の髪が真白き世界に広がった。

 白と赤 ―― その色彩に気持ち悪くなる。

 (うえ、吐きそう…)

 頬に腕に当たる冷たい結晶に体温を奪われながら
 ゼロスはぎゅっと眸を閉じた。


 *  *  *


 それからどれくらいそうしていたのだろう。
 目を覚ますとやっぱり世界は赤かった。
 でも ―― 赤黒くない。冷たい白いものもない。
 温かな腕に包み込まれている、鮮やかな赤の世界だった。
 その色彩がロイドの服の色だと気付くのにゼロスは数秒の時間を要し、
 さらに ‘あらら?俺さまってばロイドくんに抱きしめられてる’ と普段なら簡単に把握できる
 状況を理解するのに数十秒も掛かってしまった。

 「あ、起きたか?」

 鳶色の双眸が真っ直ぐに自分を見つめながら、そう問い掛けてくる。

 「…えっ?あ、あぁ起きましたよ」

 そういえばフラノールに来ていたのだった。
 少し痛む頭を押さえて、自分の行動を顧みる。
 窓の外の景色を見ながらあー雪だなぁ、とぼんやりして ―― その後は?
 どうも記憶が曖昧だった。
 とりあえず外に出た記憶は辛うじて残っている…。
 当然普段着のまま外に出た。
 よく凍死しなかったものだ。
 今の状況を整理するにロイドが自分を見つけてくれたのだろうか。
 そこまで考えて、ふと ―― ゼロスは此方に注がれている視線に気が付いた。
 考え事のため、伏せていた顔を上げれば
 至近距離にある鳶色の双眸が怒りの炎を宿して、ゼロスを見つめていた。

 「…やだなぁ。ハニーってば顔怖いぞ」

 そんな顔してると女の子にモテないよ、なんて普段通り軽口を叩いてみたが、
 ロイドの表情は晴れない。
 むしろへらへら笑うゼロスにロイドの眉間の皺はいっそう険しくなった。

 「…笑うな。楽しくもないのに笑うな」

 ―― 俺はお前のその笑顔嫌いだ

 「あっそ」

 一気に捲くし立てるロイドにゼロスはやっぱり笑って応えるしか出来なかった。
 ゼロスは嘘でも楽しくなくても‘笑う’以外の術を知らなかった。
 笑っていないと自分が保てない。
 ゼロス自身 ―― そんな自分は‘弱い’と自覚している。
 でもこれは悪い癖のようなものだ。
 ゼロスの笑顔が‘偽り’だと知っているロイドには悪いけど
 そう簡単に直せそうもない悪い悪い癖だった。

 「何やってんだよ、お前…」

 ロイドが苦しげに呟く。
 その言葉は、今の偽物の笑顔を貼り付けているゼロスに向けられているのか
 先程の雪に埋もれていたゼロスに向けられているのか
 あるいは両方に向けた言葉なのだろうか?
 ゼロスの天藍石のような双眸が、ロイドの言葉の真意を探るよう細められた。
 ロイドは思う。ゼロスは警戒心が強いと。つまり怖がりなんだと。
 育った環境ゆえ仕方ないのかもしれないが……
 それでもやっぱり信用されてないんだなぁ、と思うと少し淋しい。そして哀しい。ゼロスにそんな処世術を身につけさせた世界が憎たらしい。
 ロイドは陥り掛けた暗い思考を振り切るように眸を閉じ、ゼロスの背をきつく抱きしめた。

 「…ちょ、痛いよ、ハニー」

 ぐえーと言いながらゼロスが体を捩る。

 「勝手に居なくなるなよ」

 ゼロスの言葉を聞きながらロイドは腕の力を緩めることが出来なかった。
 腕の力を緩める替わりに切なる願いを込めて、囁く。
 その言葉に対する返答は無かったが、ゼロスは暴れるのを止めて、無言でロイドの肩口に額を擦り付けてきた。
 その仕草はまるで甘えてくれているようだ。ロイドは嬉しかった。

 「ハニーが見つけてくれたんだ?」
 「そうだよ。お前雪に埋もれてるし、心臓止まるかと思ったんだぞ」

 ゼロスが問い掛けると、先程ゼロスをじっと見つめていた眸同様、怒気を孕んだ声でロイドが怒る。
 それでも怒ってもらえるってことは心配されてるってことで、少しくすぐったくて、嬉しくなる。
 でもこんな風にしか相手の想いを確認できない自分はひどく情けなくて、ゼロスはロイドの肩口から顔が上げられなくなってしまった。

 「まあ、お前の髪目立つから良かったけど」

 顔を上げないゼロスの様子が少し気になったが、
 ロイドは何も言わなかった。
 唯ゼロスの髪を一房掴みちょいちょいと指に絡めてみた。
 そして 『白に赤って映えるな』 と無邪気に微笑みながら
 サラリととんでもない言葉を放ったのだった。

 「綺麗だった」

 真白き世界に散らばる深紅の髪が鮮明で、
 眠るように眸を閉じているゼロスの頬に氷の欠片がついていて、
 キラキラで、神秘的で
 唯 ―― 綺麗すぎて少し怖かったのだけれど

 ロイドが告げた‘綺麗’という言葉にゼロスは目を瞠った。
 ゼロスは普段 『俺さま、うつくしー』 とか自ら言うが、そのワリには自分の容姿を気に入っていない。
 いくら外見が良くても中身が醜悪じゃ何の意味もないと思っていたからだ。
 でも ―― それでもロイドはゼロスは綺麗だよ、と言う。
 それも無邪気に微笑みながら心から ――

 「…で、でもさぁーハニー」

 どくんどくんと高鳴る心臓が落ち着かない。
 アンダーシャツを握りしめ、ゼロスは口を開いた。

 「ん?」
 「もしも俺さまが完璧に雪に埋もれちゃってたらどーしてたよ?」

 自然の力は強大だから
 どうやっても見つけられないよなあ、とゼロスは言った。

 その問い掛けはロイドを試していた。

 ロイドは真っ直ぐにゼロスを見つめながら口を開いた。

 「それでも見つける」

 「……いや、無理だろ」
 「無理じゃない。諦めたりしない」

 「ロイド……」

 「お前は俺が見つけてやる」

 だからもう淋しくなんてないよ ――

 ゼロスの頬を包み込むように頬を撫でたロイドの手に透明の綺麗な、綺麗な、雫が伝った。


 *  *  *


 君は今も
 白くて冷たい世界に閉じ込められている

 ひとり孤独に凍えている

 でも
 もう大丈夫

 俺が行くから

 必ず見つけ出すから

 もう凍えることのないように
 あたためてあげるから ――


end



ロイゼロに嵌り、ずっと書こうと思っていたお話です。
やたら難産のお話で、予想以上に時間が掛かってしまい、しばらく放置していたのですが
やはり完成させたくなって、せこせこ書いては消し書いては消し、しておりました。
多分最後のロイドくんのモノローグがいちばん書きたかった。



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