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PERSONA2

君に会いたい

 真夏の外の眩しさと打って変わった薄暗いライブハウス。
 スマルプリズンにゆったりとした歌が響いていた。

(あらら〜?バラード?)

 聴いたことのない歌だ。
 でも彼の歌ともとても思えない。
 ジャンルが意外で声を掛けるタイミングを完璧に失ってしまった。
 邪魔をする気もないのでしばしその歌に聞き入る。
 稀に見る哀切な表情にどうしたのだろう、と思い、今日自分がここにやって来たのと同じ理由かな、と思い至った。
 優しくてちょっぴりせつない歌が終わって、室内はシンとした。

「栄吉クン、チャオ〜♪」

 止まった空気を打ち消すように舞耶は明るい声を響かせる。

「あっれ?舞耶ネェ!」

 彼は腰を掛けていたステージから飛び降りた。
 タッと軽い足取りでこちらに駆けて来る。
 いつから居たんだ!声掛けてくれって恥いじゃん!と相変わらず身振り手振り大袈裟に一気に捲くし立てて、
 栄吉は明るい表情でニカッと笑った。
 ゆきのとリサと淳と、そして達哉と駆け抜けた戦いの日々に見せていた笑顔と同じものだった。

 ここはあの世界じゃない。
 それでも二人は同じ記憶を共有している。
 ゆきのもリサも淳も知らない。

 …もちろんこちらの達哉も知らない。

 彼の兄である克哉と、舞耶の親友であるうららと、その相棒のパオフゥだけが知っている記憶だ。

 それでもあの三人は記憶を見たに過ぎない。
 あの日々を過ごした舞耶と栄吉の記憶とはまったく違うのだ。

 だからほんとうのあの日々の記憶を持っているのは
 きっと自分たち二人と向こう側の達哉だけだと思った。

「なんか久しぶり?」
「そうね。久しぶりだね」

 元気だった?
 このミッシェル様に愚問だね舞耶ネェ!と互いの近況を聞き合いながら
 舞耶は、これあげるー!と勢いよく栄吉の手に雑誌を差し出した。
 半ば押し付けられたそれを開く。
 栄吉は真剣な表情で頁を捲り出した。
 その眸は舞耶の仕事を、生き甲斐を、焼き付けるようで、

(栄吉クンは良い子だなー)

 栄吉の綺麗に染めている青い髪をぐしゃぐしゃに撫ぜて、抱きしめたい気持ちになった。

「やっぱ舞耶ネェはすげーな。サンキュ!」

 しばらくして屈託のない笑顔が返って来る。
 サンクス。どうしたしまして、と応えて、その笑顔と先程の哀切な表情と比べてしまい、ふと胸が締め付けられた。

「ねぇ栄吉クン?」

「おう、なに?」

「さっきの歌は誰の歌?」

「ああ、あれか…」

 栄吉はそこから言葉に詰まった。
 舞耶から視線を外し、ライブハウスの壁を見つめる。
 いや、壁と言うより遠い場所を見ていた。

「私、栄吉クンがバラード歌ってるの初めて聴いちゃったなー」

「いや、だってよ。ボク、あんまりバラードは得意じゃなくてねぇ…」

 滅多に作らねーし、と照れくさそうに頭を掻く彼の視線の先に移動する。

「あらら?やっぱり自分で作った歌なの?」

 顔を覗き込めば、

「うわ、やべ…言う気なかったのに」

 ひー!オレって馬鹿!と顔を真っ赤にして栄吉は蹲った。
 その髪をそっと撫ぜながら

「素敵な歌だね」

 舞耶は心からそう言った。

「……うん、さんきゅ…」

 栄吉は小さくお礼を言うと、やっぱり小さく言葉を続けた。

「あれはさ。あの歌はたっちゃんと…たっちゃんに褒められた歌なんだ」


 ―― なんだ、栄吉、お前バラードも歌えるのか。
     上手いじゃん。もっと歌えよ。

 ―― やだよ!恥ずかしい!!

 ―― 俺から見れば普段のお前の言動のほうが余程恥ずかしい。
     ほら、ギター弾いてやるから。歌えー。

 ―― なっ!たっちゃん!

 ―― 今歌わないともうお前の後ろでギター弾いてやらない。

 ―― うわっ!達哉、ひっでぇ!


「そう言ってさ、珍しく自分からギター引っ張ってきて、
 オレのために弾いてくれたんだ」

 ありゃ嬉しかったね。ギンコじゃないけど惚れちまったぜ、と
 栄吉はようやく顔を上げた。
 へへ、と笑う表情は泣き出す寸での10年前の栄吉みたいだった。

「そう。だから今日歌ったんだね?」
「うん」

 男の子なんだから泣いちゃ駄目だぞ、と栄吉の頬をぺちぺち叩いて、抱きしめる。

 今日は特別だから。
 舞耶が今日という日に栄吉に逢いに来たのと同じ理由で、
 二度目の始まりのこの場所でひとり歌っていたのだ。

 もう彼の前では歌えないから。

 それでもこの歌声を届けたいと思っていて、

 ちゃんとつながってるから、と言った達哉の言葉を信じているから、

 舞耶は立ち上がると、栄吉の手をとり、スマルプリズンを飛び出した。

 暑い暑い陽射しの下で青く高い空に向かって

「達哉クーン!お誕生日おめでとー!」

 舞耶の明るい透き通る声が7月27日の晴れ渡った青空に吸い込まれて、
 そっと消えいくのを、あの世界では護り切れなかった舞耶の手のぬくもりを感じながら、
 達哉が護り抜いたこの世界で栄吉は見ていた。


 [ end ]
舞耶&栄吉→達哉
君に会いたい。もう叶わないと痛いくらい知っているけど。

達哉誕小話でした。下にたっちゃんバージョンもあります。
07.07.27 up






世界はここにある

 室内に充満する甘い匂いに耐え切れなくなり、ベランダに出ていた。

(あつ…)

 じりじり焼き付ける陽射しを眇め、切り離された町を見渡す。
 この景色も大分見慣れてきたと思う。
 こんな非常識かつ危うい均衡を保つ世界で、噂が現実になる、その真実を糧になんとか日々を過ごしている。
 人の力は、噂の力は、良くも悪くも偉大だと思い知った。

 ここは舞耶も栄吉もリサも淳もいない世界だ。
 それでも嘗てはみんながいた世界だ。

(忘れてない。俺は忘れない)

 自分が忘れない。だからみんながこちらにいた事実も消えない。
 そう思えば、崩れそうになる脚を奮い立たせて、立っていられる。

(でも…)

 淋しさは消えない。

「逢いたいな…」

 小さくそんな本音を零して、
 達哉はベランダの手摺りに乗せた腕に顔を埋めた。

 目を閉じれば、鮮やかに瞼の裏を過ぎっていく風景とメロディ。
 ああ、あれは栄吉の歌だ。
 バラードなんて滅多に歌わない彼に、上手いじゃん。歌えよ、と半分本気で半分ふざけておねだりして、
 仕方ねーな。たっちゃんにだけ特別に聴かせてやるよ、と口説き文句付きで歌ってくれた。
 達哉の宝物の歌だ。

 彼のように上手く歌えないけど口ずさむ。


 ―― なぁ、たっちゃん。聴こえる?
     オレの歌と舞耶ネェの声がちゃんと届いてるか?


 すると何故だろう。ふいに涙が零れてきた。

「…あれ?」

 滲みゆく視界に瞬きを繰り返す。
 理由のわからない感情の暴走に達哉がパニックに陥るのと、

「達哉」

 リビングからベランダに続く窓が開け放たれたのは同時だった。

「兄さん…」
「なっ!?達哉!どうしたんだ?」

 達哉の頬を伝い落ちていく雫に、普段冷静を保っている克哉の表情 〈カオ〉 がぎょっと崩れた。

「…あ、うん、ごめん。平気」
「平気じゃないだろう!」

 袖で適当に頬を拭おうとしたもののそれより早く強く腕を引かれ、部屋の中に連れ戻された。
 甘い香りに達哉はまたクラリとした。
 促されるままストンとソファに座る。

「具合でも悪いのか?」

 額に手を当てながら克哉は心配そうに問い掛ける。
 普段とは違い自分より高い位置にある兄の顔を見上げて、達哉は、ふ、と微笑った。
 細められた眸がまた少し潤んだ。
 涙で濡れた睫毛が綺麗で、

「ほんとうに大丈夫だ。ありがとう兄さん」

 達哉の口から紡がれる言葉もなんだかせつなくて、
 克哉は堪らずその背に腕を回し抱きしめた。

「…に、いさん?」

 きょとん、とする達哉の耳に唇を寄せてそっと囁く。

「達哉」
「なに?」
「誕生日おめでとう」
「…あ、うん」

 克哉の言葉は、達哉の心に落ちて、波紋を描き浸透する。
 この世界は舞耶も栄吉もリサも淳もいない世界だ。
 でも克哉のいる世界だ。
 自分を待っていてくれたひとのいる、愛してくれるひとのいる世界だ。

 淋しい気持ちはきっとずっと消えないけど
 舞耶たちのために、克哉のために、達哉はこの世界で生きていけると思った。

「お前を祝えることが僕は嬉しい」
「……うん」

 ―― 俺も兄さんと過ごせる誕生日が嬉しい

 本心をそのまま言葉にすると、また泣いてしまいそうだったので、
 達哉はただ頷いた。

 克哉はそんな達哉の胸中を察したのか
 抱擁の力を緩めることなく、
 オーブンがケーキの完成を告げる音を奏でるその瞬間まで、
 達哉を抱きしめ続けていた。


 [ end ]
達哉+克哉
向こう側の世界がどんな状況でも兄さんが達哉の傍にいてくれて、達哉が微笑っていることを祈っています。
07.08.07 up