弟は寝るのがすこぶる好きだ。
そのため、睡眠不足は大敵らしい。
そして、今日は前日の…まぁ、詳しい説明は伏せて置くが、とにかく今朝の達哉はその眠気と戦っていたのである。
それでなくても普段からぼーとしているのに輪をかけてぼーとした状態のまま、僕の母校でもある七姉妹学園の藍色のネクタイを結ぼうとしている達哉をベッドの上から眺める。
ほぼ毎日結んでいるのに、のろのろと覚束無い手付き。
寝惚け眼がとろんとして、長い睫毛が陰影を落として、なんだか今にも瞼は閉じてしまいそうな有様だ。
僕は深いため息をつき、図体ばかり成長した弟の肩を掴んだ。
「にいさ、ん?」
「まったく、遅刻するぞ」
達哉の手からネクタイを奪い、慣れた手付きでそれを結んでやる。
「…………兄さんが悪い」
達哉は少しの沈黙のあと、拗ねたようにそう言った。
「僕だけのせいではないだろう」
お前だってねだったくせに、と囁いて、軽い口付けを一つ。
「んむ」
気持ち良さそうな表情は可愛いが、あまりのんびりもしていられないので。
「ほら、行って来い」
「ん」
鞄を渡し、その背を軽く押す。
達哉は部屋を出る寸前に一度だけ振り返り、
「いってきます、兄さん」
僕の好きな表情でふわふわと微笑った。
[ end ]