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PERSONA2

その想いが胸を掻き乱す

 ベルベットルームの蒼白い光の中にて、
 タロットカード大アルカナJustice <ジャスティス> を手に克哉は眉を顰めていた

「…兄さん?」

 兄の様子がおかしいことに、達哉は首を傾げ、小さく克哉を呼んでみる
 克哉は 『いいいい、いつの間に至近距離に来たんだ達哉!』 と弾かれたように顔を上げた
 兄の過剰とも言える反応に達哉の鳶色の双眸がパチパチと瞬く
 兄さんってさ。よく刑事がつとまったよな、と達哉は心の中でそっと呟いてみた
 (声に出せば兄が床にめり込む勢いで凹むと思ったからだ)

「あ、いや、すまん。ちょっと考え事を…」

 タロットカードをいじりながら言葉を濁す克哉に、達哉はやはり首を傾げたままだ
 きょとん、としながら鳶色の双眸でじっと克哉を見つめる
 兄のことが余程気になるのか普段の憂いをあまり感じさせない弟の表情に、克哉は少しホッとした
 思わず昔のように、よしよしと達哉の頭を撫でそうになった右手を押しとどめ、克哉は口を開いた

 「先程芹沢君に聞いたんだがな」

 ―― ジャスティスのカードは逆位置のときの意味に ‘一方的な恋’ と言うものがあるらしい

 達哉は、ふうん、と言い、さして興味無さそうに相槌をうちながら兄の言葉の続きを促す

「まあ、当たっているのかもしれないな、と思ってな」

 克哉の専用ペルソナのアルカナ <種族> はジャスティスだ
 だからこそタロットカードの意味も気になったのだろうか
 しかし普段の兄は占いなんて信じる性質じゃないのに
 珍しいこともあるな
 そんな風に思いながらふと…

「…兄さんって片想いでもしてんの?」

 兄の爆弾発言に気付いてしまった
 達哉は思わず聞き返す
 克哉は考えを巡らすよう少し目を伏せて、そうだよ、と答えた

「ずっと片想いだ」

 顔を寄せ、吐息が触れ合う距離で克哉は半分呟くようにそう言った
 その眸があまりに真摯で達哉は言葉を失う
 兄の眸から目が離せなくなり、心臓の音が耳元で鳴っているようにうるさくなった

 (な、なに。これ…)

 ライダースーツの上から胸を押さえる

「…達哉?」

 自分を呼ぶ克哉の声が遠くから聞こえる
 心臓の音は激しさを増すばかりだ

 (いやだ。うるさい…うるさい…)

 胸の高鳴りの理由がわからなくて達哉は混乱した

「達哉……顔が赤い?」

 熱でもあるのか、と心配そうに自分の頬に触れて来た兄の手のひらに、
 ビクンと反応し、

「あっ……」

 小さく声が洩れる

「…た、たつや?」
「…なっ」

 明らかに感じ入ったその声に達哉は一瞬呆けて、

「―― っ!!」

 しかし直ぐ自分が口走ったことに驚き、口許を覆うと、赤い顔をさらに朱色に染め上げながら立ち上がる
 気付けば、その場から逃げ出すように駆け出していた
 ベルベットルームの扉を閉める瞬間 ―― 達哉! ―― と自分を呼び止める兄の声が聞こえたが
 もう何も聞きたくなくて、きつく目を閉じる

 溢れ出した感情がただ怖ろしくて、

「なんなんだよ。これ…」

 ベルベットルームの扉に背を預け、ずるずるとへたり込み達哉は呟いた



「あれぇ?周防兄どうしたのよう?」

 達哉がぐるぐるしている頃 ―― 彼を思考と混乱の渦に陥らせた張本人は
 ベルベットルームの内側の扉の前に立ち
 扉に (いや、正確に言うと扉の外側にいる達哉に) 熱視線を送っていた
 うららが声を掛けると、扉から視線を彼女に動かし、口を開く

「ああ、芹沢君か。
 …やっぱり占いは当てにならないんじゃないかな」

 にっこり言った克哉にうららは ‘はあ?’ と頭上に疑問符を飛ばした


 ―― 克哉の想いはどうやら一方的と言うわけではないらしい


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罰克哉×罪達哉
カードの意味とキャラを当て嵌めてみると楽しい妄想が出来て好きです。
下にたっちゃんバージョン (The Sun) が続きます。
07.03.01 up






向日葵が慕うように

 兄は片想いをしているらしい
 それも相手は自分かもしれない

 そのことに気付いてしまったあの日から俺は兄さんの顔をまともに見れることが出来ないでいる。
 もともと兄さんの眸は苦手だ。こちら側でも向こう側でもそれは変わらなくって、特にこちらの世界の兄さんの眸は、お前が大切だよ。心配なんだよ、といつも痛いほど伝えてくれる…。
 でもそんな優しい想いを向けて貰える資格なんて俺には無いから胸が痛い。とても苦しい。

(俺は、兄さんが想いをほんとうに向けるべき相手の体を勝手に使ってるんだ…)

 だからやっぱり克哉の想いを嬉しいなんて感じるわけにはいかなかった。

「兄さん…」

 小さく零れた言葉は誰の耳にも届くことなく空 <くう> に消えた。

 * * *

 そんな想いを抱きながら数日後のベルベットルーム。
 舞耶姉とうららさんが次はどのペルソナを召喚しようか、って楽しそうに話している。
 俺は彼女たちから少し離れたところで、イゴールに渡されたタロットカードを見つめていた。
 蒼白い光に照らされるそれはタロットカード大アルカナThe Sun。生きとし生きる者の命を育む太陽。
 その名の示す通りカードの意味は誕生や幸福。そして成功。
 逆位置は離別や不安。失敗や無気力。

(現実逃避ってのもあるんだったっけ…。逆位置は俺にぴったりだな)

 うららさんに教わったカードの意味を思い出し、元の世界を救う際に忘却を拒み、自分の殻に閉じ籠った、現実から逃げた自分自身を嘲笑う。
 …逃げ続けて俺は最後にどうするんだろう。どうすれば良いんだろう。
 ひとりになりたくないのに、こちらの世界に居る限りほんとうの俺を呼んでくれるひとは居ない。
 さよならは言わないって、忘れんなよって、忘れないでって言ったのに。淳、栄吉、リサ……淋しい。舞耶姉と一緒に居るのに淋しいよ。
 ああ、駄目だ。また思考が暗い淵に傾ぐ。今の俺に太陽のペルソナを使う資格なんてない。

「達哉は太陽か」

 その瞬間 <とき> ひょこ、と俺の視界に飛び込んで来た人物が居た。

「にっ、さ…」
「ん?」

 …お、驚いた。暗い思考が現実に引き戻され心臓が早鐘を打つ。

「どうしたんだ達哉?」
「…なんでもない」

 俺の肩越しに手元を覗き込む兄さんに動揺を悟られないよう平常心を装って応える。兄さんはさして気にした風でもなく、もう一度手のひらのタロットカードに視線を戻した。

「ぴったりだな」

 柔らかに微笑む兄さんを見て、貴方は俺の何を指して‘ぴったり’なんて言うの、と返しそうになる。
 俺はもう一度己を自嘲しながら兄さんと向き合った。

「…逆位置が?」
「いや、正位置のほうの意味が」

 兄さんは俺の言葉を否定して、変なことを言うなお前は、とばかりに片方の眉を吊り上げる。

「嘘だ」

 間髪入れず答えた。ほんとうにそんな筈ないと思ったから。

「嘘じゃないさ」

 でも兄さんも至って真剣で心からそう思っているらしい。

「…兄さんは俺を買い被りすぎだよ。俺はそんなんじゃない…」

 その言葉を再び拒みながら首を振る。

 それともこちら側の達哉は‘太陽’なのかな。兄さんが呼んでいるのもきっとほんとうの俺じゃない…。

 そこまで考えてまた胸が痛んだ。

 自分の名前を呼んで貰えないってこんなに辛いことだったのか。

 負の感情が表情 <かお> に出てしまいそうで俯く。
 こんな表情を兄さんに見せるわけにはいかない。このひとは優しすぎて俺の痛みを自分の痛みに変換してしまう。舞耶姉と一緒なんだ。暗い表情をすればきっと哀しい思いをさせてしまう。…だから駄目。

 少し沈黙が流れて、でも兄さんは俺が俯いたことに触れなかった。ただ俺の頭の形を確かめるように両手で、さらり、と髪を撫でてくれた。

「お前は僕の光だから太陽で合っているよ」

 優しい声に言葉に自然と顔を上げるよう促される。兄さんの額と俺の額がコツンと引っ付く。温かい手はやっぱり俺の頭を撫でていて、まるで俺の存在を確認しているみたいだ。

「……光は、太陽は俺じゃない。兄さんだよ」

 ねぇ兄さんは知ってる?
 ヒューペリオンはアポロより先に生まれた太陽の神様だって、だからほんとうの太陽は兄さんだ。
 俺はそう思うよ。

「いや、達哉。太陽はお前だ」

 でも俺のその考えを兄さんは存外強い声音で真っ向から否定した。

「陽が眩しければ眩しいほど影は濃くなるだろう。だからお前は僕の太陽だ」
「影…?」

 それは兄のシャドウが言っていた俺の傍にいると俺を疎ましいと思う感情が強くなるって意味だろうか?
 そう思った刹那 ―― 兄の唇が俺の唇に重なった。
 そっと触れるだけの口付け。
 でも俺の頭を真っ白に焼くには十分過ぎるキスだった。

「…僕は駄目だな」

 頬を、首筋を撫でて、兄さんは唇を放す。

「お前を前にすると感情がコントロール出来ない。抑えが効かないんだ」

 なぁ僕のもうひとりの達哉、と吐息のように告げて、兄さんは俺の感情 <きもち> を揺さ振る。
 俺だから、俺じゃなきゃこんな風にならない、と兄は言った。

「兄さん、兄さんっ にいさん、っ…」

 涙腺の堤防が決壊してしまった。みっともないほど涙が溢れる。

「達哉、お前が僕を呼ぶ。その事実がなによりも僕の胸を焦がすよ」

 それは俺もいっしょ。
 兄さんがほんとうに俺を呼んでくれるなら俺の胸は熱く燃える。
 あなたに焦がれる。


 だからやっぱり
 太陽は兄さんのほう ――


 [ end ]
罰克哉×罪達哉
互いに相手を太陽だと光だと思っている兄弟でした。
しかし舞耶姉たちがいるのにキスするとは。大胆だね罰兄さん (笑)
07.05.26 up