ベルベットルームの蒼白い光の中にて、
タロットカード大アルカナJustice <ジャスティス> を手に克哉は眉を顰めていた
「…兄さん?」
兄の様子がおかしいことに、達哉は首を傾げ、小さく克哉を呼んでみる
克哉は 『いいいい、いつの間に至近距離に来たんだ達哉!』 と弾かれたように顔を上げた
兄の過剰とも言える反応に達哉の鳶色の双眸がパチパチと瞬く
兄さんってさ。よく刑事がつとまったよな、と達哉は心の中でそっと呟いてみた
(声に出せば兄が床にめり込む勢いで凹むと思ったからだ)
「あ、いや、すまん。ちょっと考え事を…」
タロットカードをいじりながら言葉を濁す克哉に、達哉はやはり首を傾げたままだ
きょとん、としながら鳶色の双眸でじっと克哉を見つめる
兄のことが余程気になるのか普段の憂いをあまり感じさせない弟の表情に、克哉は少しホッとした
思わず昔のように、よしよしと達哉の頭を撫でそうになった右手を押しとどめ、克哉は口を開いた
「先程芹沢君に聞いたんだがな」
―― ジャスティスのカードは逆位置のときの意味に ‘一方的な恋’ と言うものがあるらしい
達哉は、ふうん、と言い、さして興味無さそうに相槌をうちながら兄の言葉の続きを促す
「まあ、当たっているのかもしれないな、と思ってな」
克哉の専用ペルソナのアルカナ <種族> はジャスティスだ
だからこそタロットカードの意味も気になったのだろうか
しかし普段の兄は占いなんて信じる性質じゃないのに
珍しいこともあるな
そんな風に思いながらふと…
「…兄さんって片想いでもしてんの?」
兄の爆弾発言に気付いてしまった
達哉は思わず聞き返す
克哉は考えを巡らすよう少し目を伏せて、そうだよ、と答えた
「ずっと片想いだ」
顔を寄せ、吐息が触れ合う距離で克哉は半分呟くようにそう言った
その眸があまりに真摯で達哉は言葉を失う
兄の眸から目が離せなくなり、心臓の音が耳元で鳴っているようにうるさくなった
(な、なに。これ…)
ライダースーツの上から胸を押さえる
「…達哉?」
自分を呼ぶ克哉の声が遠くから聞こえる
心臓の音は激しさを増すばかりだ
(いやだ。うるさい…うるさい…)
胸の高鳴りの理由がわからなくて達哉は混乱した
「達哉……顔が赤い?」
熱でもあるのか、と心配そうに自分の頬に触れて来た兄の手のひらに、
ビクンと反応し、
「あっ……」
小さく声が洩れる
「…た、たつや?」
「…なっ」
明らかに感じ入ったその声に達哉は一瞬呆けて、
「―― っ!!」
しかし直ぐ自分が口走ったことに驚き、口許を覆うと、赤い顔をさらに朱色に染め上げながら立ち上がる
気付けば、その場から逃げ出すように駆け出していた
ベルベットルームの扉を閉める瞬間 ―― 達哉! ―― と自分を呼び止める兄の声が聞こえたが
もう何も聞きたくなくて、きつく目を閉じる
溢れ出した感情がただ怖ろしくて、
「なんなんだよ。これ…」
ベルベットルームの扉に背を預け、ずるずるとへたり込み達哉は呟いた
「あれぇ?周防兄どうしたのよう?」
達哉がぐるぐるしている頃 ―― 彼を思考と混乱の渦に陥らせた張本人は
ベルベットルームの内側の扉の前に立ち
扉に (いや、正確に言うと扉の外側にいる達哉に) 熱視線を送っていた
うららが声を掛けると、扉から視線を彼女に動かし、口を開く
「ああ、芹沢君か。
…やっぱり占いは当てにならないんじゃないかな」
にっこり言った克哉にうららは ‘はあ?’ と頭上に疑問符を飛ばした
―― 克哉の想いはどうやら一方的と言うわけではないらしい
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