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PERSONA2

怖気付きながら繰り返す

 孤軍奮闘して来た痛々しい背をそっと引き寄せて抱きしめる。
 その度に腕の中の達哉は小さく呟く。

 「…おれはあんたの‘達哉’じゃない」

 ああ、わかっている。わかっているさ。
 僕がお前を求めても
 僕はお前の求める‘克哉’じゃないことくらい
 ちゃんと理解している。

 こちらの世界に在る筈のないお前だから
 こうしている間にも別れのときは刻一刻と迫っていて、
 でもだからこそ
 僕は他の誰でもないもう一人のお前に願うよ。

 あと少しだけ
 もう少しだけ
 お前の存在を僕に感じさせてくれないか?

 栗色の髪を梳きながら告げた言葉に達哉はいつも見せる泣き出す寸での微笑で
 兄さん、と囁くように紡いで、その腕を僕の背に回してくれた。


 [ end ]
罰克哉×罪達哉
兄さんもたっちゃんも別れが来ることをちゃんと知っていて、だから最初は躊躇って
でもそれでも兄さんは達哉に手を伸ばさずにはいられなかった。
そんな兄さんの想いがたっちゃんの心を解かして救いになったんだと良いな、と思うのです。
07.04.27 up






覆して欲しい。あなたが私を

 どうしても
 どうしても
 失いたくないものがあった
 それは自分に居場所を与えてくれた友達と優しいお姉ちゃんで…

「ギンコ!魔法でなんとかしろぉ!」
「やってるよぉ!でも血が止まらないの!」

 栄吉とリサが叫んでいる。淳は真っ青になっていて、今にも卒倒してしまいそうだ。
 俺は、俺も儚く微笑う舞耶姉を震える腕に抱きながら頭の中が真っ白になってしまって
 どうすればいいのかわからない。

「私のことは 早く 忘れな、さい…」

 舞耶姉が優しく告げたその言葉に俺は絶望の淵に立たされる。

 居場所を手放して、優しい記憶も忘れてしまわなければ、お姉ちゃんは救えない。
 でも俺達はまた出逢えるのか。
 もし出逢えてもきっとそれは今の俺達じゃない。
 でもお姉ちゃんを喪ったままも絶対に嫌だ。
 ああ、でもだからってこの想いも捨てろと言うのか。
 ずっと失ったと思っていて、でもそれは間違いで、やっと見つけた居場所を俺はまた失うのか。
 矛盾と相反する想いで胸が苦しい。
 願わなくては結局全て失ってしまうと頭では理解出来ているのに感情がついていかない。
 胸が痛い。息が上手く出来ない。でも嫌だ。嫌なんだ。
 まるで駄々をこねている子供だ。

「いやだいやだ…い、 やだぁ…!」

 やっぱり願えない。どうしても選べない。
 血溜まりの海で迫られた選択はどちらも選び取れない。

 栄吉、リサ、淳 ―― そして舞耶姉
 ごめんなさい

 俺はただ泣きじゃくるしか術を知らない子供の頃のままだ。
 不甲斐ない自分に有り余るそれを大切にし過ぎて、大事にし過ぎて、抱きしめ過ぎて、
 いつも全部壊してしまうんだ…


 + + + + +


「―― … つや 、 達哉…」
 聞き慣れた優しい声に目を覚ます。
 こちら側に来てから何度も何度も繰り返し見る夢をまた見ていた。
 滲む視界を不思議に思いながら瞬きを繰り返す。兄さんが心配そうに俺の頬を撫でていた。
「に、さ…?」
 口を開くと鼻声が出て驚いた。
 頬っぺたが冷たいな、て思うと同時に兄さんに涙を拭いて貰っていることを知る。
「な、 んで…?」
 涙が出ていることを指して呟く。
「怖い夢でも見たのか」
 兄さんは少し困ったように微笑って、
「お前はいつも辛そうだな…」
 自分のほうがよっぽど辛そうにそう言った。

 今俺たちは2人きりで港南区の兄の寮に居たりする。最後の戦いを前に消耗した体力と精気を回復させるためにだ。舞耶姉とうららさんはルナパレスに帰り、パオフゥさんは適当に安宿に泊まると言っていた (アジトがおじゃんになったので大変そうだ。でも流石に兄さんの寮に男3人で泊まるのは嫌だったらしい) ほんとうは俺も適当にホテルに泊まりたかったんだけど兄さんがそれを許してくれなかった。僕のとこに来い、と半ば強引に連れて来られた兄の寮は、向こう側のことを思い起こさせる。日数的にはそれほど昔のことでもないのにひどく懐かしく感じた。夕食を食べながら他愛もない話をして (と言うか兄さんが一方的に喋っていた) 風呂に入ってパジャマを借りて、さあ、寝よう、と眠りに堕ちた筈だった。もともと10年前の事件以来夢見は良くない。眠りも浅い体質になってしまったので悪夢には慣れていた。…けどあの夢は駄目だ。心が砕けそうになる。
 自分の肩を抱くようにしていると、未だ厳しい表情のまま俺を見ている兄に気が付いた。大丈夫とぎこちなく微笑う。ああ、でも上手く微笑えなかった気がする。兄さんの表情がまた陰った。
 兄さんはお人好しで時にお節介過ぎるけど優しい人だ。こんな俺に慈しみをくれる。
 こちらに来てからと言うもの向こう側にいるときの俺は一体この人の何を見ていたんだろうとよく思うようになった。何も知らず知らされずそれが嫌で反発ばかりして、失うことを恐れる余り高い壁を築き上げて、他人は勿論兄からも逃げていた自分。でも逃げても拒んでも決して俺を見放そうとはしない兄に心の何処かでとても安堵していた。疑心暗鬼に兄を試している自分は弱くて、ひどく情けない。

「達哉…」
 兄さんが俺を引き寄せる。
 どうしてだ。兄さんはどうしてこんな俺にまだその手を伸ばしてくれるんだろう。
 いつかこの手も失うのかな…。
 そう思った刹那 ―― 向こう側のほんとうの兄に向ける想いと目の前の克哉に向ける感情が綯い交ぜになった。
 …馬鹿。何考えてんだろ。そもそもこちらの兄の手は俺のものじゃない。もうひとりの俺に伸ばされているものだ。

 そこまで考えて、止まっていた涙がまた勝手に溢れた。

 兄さんが慌てて 『達哉!?』 と俺を呼ぶ。心配を通り越した兄の表情はひどく痛々しい。
「大丈夫だから…ごめん…」
 兄にそんな表情をさせてしまった俺はまたひとつ罪を犯した。また自分が嫌いになる。謝罪の言葉が口をつく。兄さんは驚いたように眸を瞬いた後、コツンと俺の額を叩いた。
「何を謝るんだ。達哉…」
 俺は答えることが出来なくて、流れる涙もそのままに兄さんを見つめた。兄さんも同じように見つめ返してくれて、やっぱり俺の頬を拭ってくれる。そうしてどちらともなく唇を重ねた。そっと啄む口付けを数回繰り返して、目尻の涙も唇で掬い取って、兄さんは俺を抱きしめる。優しく頬を、肩を、背を撫でていく手が温かい。
「か、 つや… っ…克哉…」
 返事が欲しかったわけじゃない。ただ名前を呼びたかった。
 名前を呼んでいないと今にも他のことを、この想いを叫んでしまいそうだった。

 兄さん好き。あんたが好きだ。
 早く帰りたい。でも帰りたくない。
 向こう側のあんたは俺を待っていてくれるだろうか。
 目の前の兄さんみたいにまだ俺にその手を差し伸べてくれるだろうか。
 わからない。だから怖い。怖いからずっとこちらに居たくなってしまう。
 でも舞耶姉が生きるこの世界を、目の前の兄さんが生きるこの世界を、栄吉がリサが淳が優しい想いを込めて作ったこの世界を、守りたい。

 馬鹿だ。また矛盾している。

「う、 っ…兄さん……怖い、っ」

 俺は怖い。
 あなたに捨てられるのが。あなたを失うことが。
 好きになればなるほど大事にすればするほどまた壊してしまいそうで怖いよ。
 だから優しく俺を抱くこの背に腕を回すことも出来ない。
 ほんとうは抱き着いて縋り付いて、泣きじゃくりたいのに…。
 そこまで考えて、突然あのときみたいに息が吸えなくなった。

「…ぅっ…う、くッ、 …は ぁ…!」
 ひゅーひゅーと喉が変に鳴るばかりで酸素がちっとも肺に届いている気がしない。
「達哉…!?落ち着け。大丈夫だ」
 兄さんは言い聞かせるようにゆっくり言って、息苦しさと嗚咽に噎せ込む俺の背を擦った。
 苦しさに救いを求めて兄に手を伸ばし掛ける。でも急にブレーキが掛かった。だ、駄目だ。また壊してしまうかもしれない。
 不自然に止まった俺の腕を見た兄は、瞬間怒ったように眉を吊り上げ、その切れ長の眸で俺を射抜くと、強く引き寄せた。ぴったり兄の胸に顔を押し付ける形になる。
「ぁ……」
 小さく届く兄の鼓動。
「僕は此処にいる。ちゃんと息をしなさい」
 こちらの兄にしては存外強い言葉に眸を見開き、そっと閉じる。鼓動と温もりだけリアルに感じることが出来る状況に安堵する。呼吸が落ち着いて、ちゃんと息が出来るようになった。

 けど呼吸が落ち着いても兄さんは俺を放してくれなかった。

「…あ、あの…兄さん?」
 もう大丈夫だから放してくれと言い掛けるも
「…達哉」
 途中で阻まれる。
「…なに?」
 俺は引き寄せられる前に見た兄の強い眼差しが忘れられなくて不安だった。
 …怒っているのだろうか。

「僕はそんなに脆くない」
 少なくともお前よりは ――

 でも兄の口から出た言葉は俺の思っていたものとは全然違うものだった。
「え…?」
「だからお前より丈夫だから簡単に壊れたりしない。しっかりしがみついて来て良いんだ」

 背は低いけどな、と最後におどけて、兄さんはようやく抱擁の力を緩めた。
 顔を上げると兄さんは俺を見つめ 『お前を受け止めるくらいわけないさ』 と微笑った。

「…ほ、 ん とう、に…?」

 つい聞き返してしまう。

「ああ、ほんとうに」

 兄さんは俺の言葉に、怒るでも呆れるでもなく肯定の意を示してくれる。
 その想いに応えたくて、震える手を叱咤して、兄の背に腕を回す。
 きゅ、と軽く力を込めると 『良い子だ』 と囁くように甘く褒められて、こそばゆい。
 その声に勇気付けられ、俺は縋り付く力をもっと込めていく。

 そうして俺はこちら側の世界の最後の夜に、
 兄の腕の中で10年間見ることの叶わなかった優しい夢を見た。


 [ end ]
罰克哉×罪達哉
たっちゃん悩み過ぎ。一見強そうに見えて、でもほんとうは脆い子が好きです。
しかし兄さんは寮に帰れる立場なんだろうか。
でもゲームの中盤だろうが終盤だろうが署内にも普通に出入り出来るから大丈夫…かな?(苦笑)
07.04.11 up






抱きしめたい

 弟はいつも見えない孤独に怯えている
 縋るように僕を見て、伸ばし掛けた手を止める
 今はそれでも良いさ。構わない
 お前が躊躇う分だけ僕から手を伸ばすから
 お前に触れてやるから

 なあ、達哉 ―― 僕はな
 お前が泣くと思うからお前を置いて行ったりしない。決してだ
 お前が淋しがり屋だと誰よりも知っているのは僕なんだ

 だから何も怖がらなく良いんだ

 いつだって
 この腕の中に帰っておいで ―― 僕の達哉


 [ end ]

罰克哉
いや、でも罪克哉でも読める感じですね。てかよく見ると罪克哉っぽいな (どっちだよ)
いちおう上のお話の兄さんのモノローグって感じで書き始めた筈なんですが。
07.04.11 up