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PERSONA2

輪郭がぼやける恍惚

 背中の傷を庇うように縮こまり眠るお前は、まるで怯えた子猫みたいだ。
 境内で起きたあの事件以来寝付きが悪くなり、眠りに堕ちてもよくうなされるようになった
 弟の寝顔を見つめて、ふとそんな風に思った。
 サラリと指の間を零れ落ちる栗色の髪を梳き、頭を撫でれば、苦しげだった表情を、ほわと和らげ、身動ぎする。
 暖を求めるようにすり寄って来て、ああ、やっぱり猫みたいだな。
 (だからこの弟は僕の心を惹きつけ、離さないのかもしれない)

「達哉」
 そっと名前を呼ぶ。
 達哉はううっ、と小さく唸った。
 まだ眠っていたいらしい。
 しかしなぁ…。
 壁の時計にちらりと視線を移す。
 そろそろ用意し始めないと学校に遅れる時刻を長針は指そうとしていた。
「遅刻したくないだろう」
 だから起きなさい、ともう一度声を掛ける。今度は体も揺すってやった。
 達哉は布団の裾を握り、引っ張ったり押しやったりしてからようやく瞼を持ち上げる。
 まったくバイクと朝には本当に弱い子だ。
 (とは言え、今朝起きれないのは昨夜の……まあ、そのなんだ…僕の所為とも大いに言えるわけだが)
「起きたか?」
 まだ寝惚け眼の覚醒を促すよう頬をくすぐる。
 達哉は気持ち良さそうに眸を細めて、布団から出ようとしないまま、
「兄さん」
 僕に両腕を伸ばして来た。
 どうやら起こして欲しいらしい。
 甘えるな、と撥ね付けてやろうかと考えるよりも先に、
 達哉のその所謂小さい子がする‘抱っこして’を目の当たりにして理性が粉々に砕け掛けた。
 …あ、危ない!歩く凶器だなお前は!(今は寝転がっているが)

「…甘ったれが」
 なんとか平常心を持ち直すと、その腕を引き、背中に腕を回して、達哉を抱き起こす。
 達哉は半身を起こした流れに沿って僕の胸に額を押し付ける。
「ありがと」

 ―― 兄さん…好き

 素直に礼を言う達哉に、どう致しまして、と答え掛けたものの
 次に小さく小さく続いた言葉に、折角持ち直した平常心が消えてしまった。
 理性も今度こそ粉々に砕け散った。

「まったくお前は」
「んんっ にい、さ…っ、」
 気が付けば抱き起こしたばかりなのに再び達哉をベッドに沈めて、
 昨夜残した鎖骨の間の所有の印にねっとりと舌を這わせていた。
「…お前の存在は僕の理性にとって凶器だよ」
 責任転嫁とも思える科白を吐きながら何も身に着けていない剥き出しの下肢に触れる。
「んっ…な、何それ? …あっ!」
 これでお前の遅刻は確実だ。
 だがもう離してやれそうにない。
 いや、離す気なんてない。

 吐息と共に吐露すれば、
「…うん。離して欲しくなかったんだ」

 ―― 兄さんの手が優しいのと、気持ち良かったから

 達哉は僕の首に腕を絡めながらいたずらの成功した子供のように微笑った。


 [ end ]
罪克哉×罪達哉
甘いものが読みたくて自給自足。でも兄さん別人!(ぐはっ) あ、達哉もか。
07.03.24 up






空隙を満たす欺瞞

 鳶色の眸で僕を真っ直ぐ見つめながら

「…兄さん」

 哀しそうに、
 切なそうに、
 僕を呼ぶその声はもう聴こえない


「…なんで泣くんだよ?」

 腕の中の達哉が不思議そうに僕を見上げる。
 すまない。
 あの響きを、今のお前に探して重ねようとしていつも失敗して悔恨に苛まれている。

「兄貴…?」

 達哉が心配そうに僕の頬を拭ってくれた。
 ああ、ようやくお前と向き合うことが抱き合うことが出来るようになったのにな…。
 僕の心の深淵はもうひとりのお前を焦がれてやまない。

「…すまない…達哉…」
「…何がだよ。わかんないよ…」

 兄貴のことがわかんない、と泣きそうに呟くお前を前にしても僕はお前を通してあの子を探している。


 なぁ、消えてしまった達哉
 この声が届くなら
 もう一度
 あのせつない響きを聴かせてくれないか


 [ end ]
罪達哉←罰克哉←罰達哉
…痛い。すみません。兄さんが罰のたっちゃんに対してひどい。でも片想いって好きなんです。
07.03.14 up






殺意は鏡の中の自分に

 あの蒸し暑い夏の日に、
 ちいさくて、やわらかくて、あったかい手を、
 一瞬でも疎ましく思い手離してしまった自分を
 殺したいほど憎んでいる


 [ end ]

罪克哉
子供の手は、ちいさくて、やわらかくて、あったかい。 克哉は、達哉のその手に時に救われ、時に疎ましく思い、でもやっぱりその手が自分を頼って来ていたことに救われていて欲しいなぁ、と思うのです。 タックルの勢いで抱き着いて来た達哉が克哉の制服の裾を掴んでぐすぐす泣いたりなんてした日にゃその手を一瞬でも疎ましく思ってしまった自分を兄さんそりゃーもう激しく罵りますよ。
いや、むしろ罵れ (命令か)
07.03.20 up






祈りに似ている

「兄さん…」

 克哉は、長いこと行方が知れなかった弟と、恵比寿海岸で再会した
 探しても探しても消息が掴めなかったと言うのに、どうしてこんなに近くに居るんだ
 自分の不甲斐なさと、心配と、苛立ちをぶつけてやりたくなる
 しかし開き掛けた唇はすぐ噤まれる
 数週間前とは違った光を湛える達哉の双眸に、克哉は言葉を失ったのだ
 達哉の眸は、泣いた後のように赤い
 少し腫れてもいた
 哀しみや、
 せつなさ、淋しさ…
 それらを綯い交ぜにして揺れる鳶色の眸

「達哉……」
「うん」

 名前を呼ぶとすぐ返事が返って来る

 ああ、紛れも無い。達哉だ。僕の弟が目の前にいる…――

 スマル市の異常。署の爆破事件。弟のこと。ここ数週間ずっとずっと張り詰めていた神経の糸が緩む
 けれど克哉の胸には未だ漠然とした不安も去来したままだった
 ふわり、と穏やかに微笑む弟を遠く感じたからだ
 克哉は手を伸ばし、達哉の輪郭を確かめるように頬を撫で、瞼にそっと触れる
 達哉は克哉のすることに抵抗せず為すがままにされていた
 けれどふいにその手がためらいがちに克哉のスーツの裾を掴む
 いや、正確にはきゅっと摘む程度と言えた
 達哉は克哉に縋るように裾を摘む手に次第に力を込めていく
 スーツに皺が寄った

(ああ、これは…)

 幼い頃の達哉が叱られたり哀しいことがある度にしてきた仕草と同じだ
 克哉はそう思い出し、

「…懐かしいな」

 小さく呟いた
 克哉の言葉に達哉はキョトンする
 弟のあどけない表情に克哉は安堵した
 先刻の遠いと思った感覚が薄れていく

 達哉、達哉…僕の最愛の弟…――

 何度も心の中で繰り返しながら

「おかえり」

 自然とそんな言葉が口をついて出た
 自分の言葉に克哉自身驚き、達哉も驚いていた

「…あ、いや。長いこと連絡ひとつ寄越さなかったことは怒っているがな」

 慌てて取って付けたように言葉を続ける克哉に、達哉は腫れぼった眸を細め、泣き笑いのように微笑った

「…うん。ただいま…兄さん」

 言葉と共に零れる涙

 その涙の意味を今は問い質さないから
 でもいつか僕に聞かせてくれないか。達哉…――

 克哉は祈りにも似た思いを抱きながら達哉の頬の雫を優しく拭ってやった


 [ end ]

罪克哉×罪達哉
リセットに失敗した罪の世界って舞耶姉、栄吉、リサ、淳くんは居ないと思うんですが
兄さんやゆきのさんは生きていて、達哉のことを心配していて欲しいなぁ、と思うのです。
誰一人居ない滅びの世界もそれはそれで切なくて書きたいなぁと思いますが
基本は行方不明になっているたっちゃんを兄さんが待っている方向が良いと思ったり。
07.03.08 up