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PERSONA2

代わりにあしたが手に入る

 ―― タッちゃん、好きだぜ。大好きだ!

 人懐っこい笑顔で、こっちが赤面してしまうような愛の言葉をたくさんくれた。
 (…たまにクサすぎだとも思った)
 そんなお前がおれもだいすきだったよ。



 蒼白い部屋で、もう逢えないと、逢っても名前を呼ばれることは決してないと、あの人懐っこい笑みを向けられることも叶わないと思っていた人物 ―― 三科栄吉 ―― と達哉は向き合っていた。
 モナドマンダラを探索していて、ふと見つけた青い扉。

 ベルベットルーム?

 思ったが…。それにしては妙な違和感。
 舞耶にも兄にも他の仲間にも告げることなく、達哉は誰かに導かれるように扉を開いてしまったのだ。
 扉の先はたしかにベルベットルームのような空間だった。
 達哉は絶句する。
 そこにいたのはイゴールたちではなくて、達哉が逢いたくて逢いたくて逢いたくなかった向こう側の記憶を取り戻した栄吉がいた。
 裁きの間でフィレモンに連れて行かれた筈の栄吉。
 話を聞けば、最初に目を覚ましたときはフィレモンの間にいたらしい。
 珠間瑠市に戻すんじゃなかったのか。フィレモン、と達哉は内心小さく舌打ちする。
 目覚めた栄吉は、達哉に逢いたいと、話がしたいと願い、フィレモンはそれを叶えた ―― と言うことだ。
 ああ、どおりで、と思う。
 あの青い扉に、仲間のうちの誰も気付かなかったのは当然と言えた。
 達哉にしか見えないものだったのだ。

「やっと逢えた……」

 今にも泣き出しそうな表情で栄吉は呟く。
 腕を伸ばして達哉を引き寄せる。
 ぎゅっと抱きしめられた。
 空色の制服に、懐かしい匂いにぬくもりに膝の力が抜けてしまう。
 その場に二人で座り込んだ。
 達哉は張り詰めていた糸がゆるゆると弛緩していくのを感じて、ハッとした。
 このぬくもりに浸っては駄目だ、と冷静な思考が理性が引き止める。
 そして、ずっとずっと逢いたかったと思う感情がそれを上回り塗りつぶしていく。
 突き放そうとして、でも出来ない…。
 ならばせめて、と、馬鹿、と小さく告げる。
 栄吉は、バカはタッちゃんのほうだ、と抱擁をさらに強くした。



 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
 一瞬にも永遠にも感じる時間。

 終わらせなくては…。
 この優しい夢のような時間を…。
 もう繰り返してはならない戦いを…。

 達哉は栄吉の胸から顔を上げた。

「…もう行かないと」

 達哉の前ではまだまだ幼さを残す顔を目に焼き付けるように見つめて、頬を撫でる。

「……何処に?」

 オレの傍以外の何処に行くんだよ、と栄吉は腕の力を緩めない。

「さよならしよう、栄吉」

 構わず言葉を続ける。

「……いやだ」
「わがまま言うなよ…」

 困ったように言う。

「…いやだっ!」

 子供のようだと思った。
 リセット寸前で、忘却を拒んだ自分もこんな風に駄々をこねる子供だったのかもしれない。
 青い髪をよしよしと撫でる。

「俺、栄吉のことだいすきだった」
「…なんで過去形なんだよぉ」
「…お前はこれから新しい道を歩かなきゃいけない」

 だからお別れだ栄吉。

 とん、と肩を押す。

「ッ……、い、やだ!! やっぱり嫌だ! オレは忘れない! 忘れてやらねぇ……!!」

 堰を切ったように溢れ出す想いを受け止めて。

「……ん、それ、嬉しいな」

 額を引っ付け合わせて柔らかに微笑む。
 ちょん、と唇に触れる。

「…タッちゃん」
「うん?」
「…ずるい」
「…ごめんな」

 お互いに自分のものではない相手の頬の涙を拭って、

「ん、…っ……」

 今度は栄吉のほうからしっかりと唇を重ねてきた。

「…馬鹿だな…」
「バカでも構わねぇ…」

 接触はぬくもりは決意を揺るがせる。
 わかっていて先に触れた。
 それに栄吉が応えてくれるだろうことも多分わかっていた。
 そして、達哉の望みどおり栄吉は行動を起こしてくれた。
 それに抗わない自分は栄吉の言うとおりやっぱりずるいのだろう。

 息継ぎに唇が離れた瞬間、ごめんな、ともう一度告げようとして、再度口付けで封じられた。

 達哉の涙は止まっていたけれど、栄吉はやっぱり泣いていた。

 くちびるが離れると、柔らかな黄色い光が二人の周りに降り出した。

「…タツヤ、…達哉、ッ」
「ん?」

 繋いだ手もそっと離して、光に霞む視界の先で、

「これからもずっとずっと好きだからな!」

 涙声で届けられた言葉。
 それを大切に胸にしまいこんで、精一杯微笑ってみせる。

 哀しいだけの記憶にならないよう、上手く微笑えていますように、と達哉は思った。



 気付いたときには、蒼白い光に包まれた空間ではない、モナドマンダラの不思議な模様の床の上に、達哉は立っていた。

「…うん、栄吉……」

 俺もだよ。ホントは過去形なんかじゃないんだ。

 そう答えそうになって、必死に堪えた。ただ代わりに長い間どうしても涙が止まらなくて、舞耶たちと合流したときに (克哉が死にそうな顔で抱きしめてくれた) 目が赤いと指摘されたのだった。



 それがお互いの中に刻まれた優しくてせつない胸を刺す最後の記憶 …――



 +  +  +  +



 そよそよと柔らかな風が頬を撫ぜる。
 青い髪を揺らす。

「ミッシェルさーん!」

 向こう側では救えなかった舎弟たちが栄吉を呼んでいる。

 禍々しい赤ではない、達哉が守った世界の青空のもとで、

「タッちゃん…」

 栄吉は愛しい彼の名前を抱いて、生きていく。


 [ end ]
栄吉×達哉
代わりにあしたが手に入る。…それでも本当は君といるあしたこそ欲しかった ――

記憶を取り戻した栄吉と達哉の邂逅。いろいろと大いに捏造 (…や、いつもですが)
この達哉の微笑が栄吉の中にずっと残るわけです。せつないのも好き。
08.01.19 up