ラキラ星


 もしも一年にたった一回しか貴方と逢えないなら…
 私は天の川なんて一気に飛び越えれる船を創ってやるわ!


「なぁ、ハロルド。一緒に外へ出てみないか?」

 夜も更ける頃 ―― 研究に没頭していた私の部屋に現れた来訪者は、いつも見せる穏やかな笑顔を浮かべて、唐突にそう言った。

 部屋に訪れたのは、私の双子の兄であるカーレル。
 兄貴は私を外へ連れ出すと、白い雪が舞い落ちる中灰色の空を見上げていた。

 ラディスロウの外は相変わらずの猛吹雪。
 完全自動温度調節装置つきの服を着ている私でもなんだか肌寒く感じてしまう。

 舞い散る雪が手の平に落ちる。
 体温に溶けて、雪は直に液体に変化した。

「ちょっと兄貴!なにしてんの〜」

 自分が連れ出しておいて、さっきから空ばかり見上げている兄貴の腕を引っ掴む。
 私は河豚のようにぷくーと頬を膨らませた。

 一体なんの用なの?
 これでもあんまり暇じゃないわよ…。

「あぁ、悪い。やっぱり見える筈はないか…」

 頭2つ分ぐらい背の高い兄貴の顔を下から覗き込むと、兄貴はちょっぴり淋しそうな顔をして、私の頭を軽く撫でた。
 小さく呟かれた言葉に、疑問符を飛ばす。

 兄貴は何を私に見せたかったのかしら?

「兄貴、なんのために外へ出たの?」

 素朴な疑問。不思議に思って、問い掛けてみた。

「ハロルドと一緒に見たいものがあったんだ…」

 残念そうな表情を浮かべて、兄貴は 「見れなかったけどな…」 と、答えた。

「何が見たかったの?」

 見たいものって何かしら?
 新たな疑問が浮かぶ。
 再び問いかけると、兄貴は 「お前は研究に没頭して日にちの感覚がなくなってるだろうけど」 と、苦笑しながら答えた。

「だって今日は七夕だろう?」

 たなばた?
 七夕って、確か ―― 中国って国から伝わった織姫と彦星っていう2人の恋人の話よね?

 織物を織る仕事をしていた織姫は、仕事にばかり没頭している女性だった。
 年頃の娘なのに…と、それを心配した天帝が彦星って男に逢わせて、2人は恋に落ちた。
 けれど、織姫は恋に夢中になってしまい全く仕事をしなくなってしまったのよね。
 それに怒った (呆れた?) 天帝は2人を引き剥がしちゃって、2人は離れ離れになってしまう。
 でも、流石に全く逢えないのは可哀相だからって。
 一年に一度だけ。
 つまり7月7日だけは、2人は天の川を越えて逢うことが出来るのだった…っていう伝説のお話。

「仕方ない。部屋で短冊でも書こうか?ハロルド」

 私が記憶を辿りながらお馬鹿な恋人達の話を思い出していると、兄貴は私の手を引いて、暖かい部屋に戻ることになった。

 兄貴って、意外と乙女ちっくな考え方をするのね。
 こんなイベントに興味があるなんて…。

 兄貴の意外な一面に少々驚きながら私は地面の雪をさくり、と踏みしめた。
 白銀の絨毯には、2人の足跡が連なっていた。


◆◇  ◆◇◆  ◇◆


 室内に戻ってくるなり、兄貴は散らかりまくった私の机の上のお片付けを始めた。
 そして掃除を終え、満足気に微笑むと、一枚の紙切れを私に手渡す。
 あらら、ちょっと嫌な予感。

「えー短冊ぅ?」

 兄貴に渡された紙切れをヒラヒラさせて指先で弄んだ。

「まぁ、折角だし。何か願い事ぐらいあるだろう?」

 兄貴は、差し支えない返答を寄越して、私と同じように紙切れを前にして、しかめっ面をした。
 願い事ね…。そりゃーあることにはあるわよ?
 此処に居る誰もが願っている。望んでいる。
 この争いが1日も早く終われば良い。
 自由に見上げれる青い青い空が欲しい。
 虐げられる現実なんて丁重にご遠慮申し上げるってもんよ。

 ―― 全てが終われば、兄貴と何処にだって遊びにいけるのに…

 ふと、思いついた願いを、らしくもない考えだわ、と私は自嘲した。
 けど、私の願いはそれしかなかった。

 でもねぇ、なんだかふに落ちないのよね。
 自分の願いは自分の力で叶えるものじゃない?
 他人様に願いを叶えてもらうなんておかしいわよ…。

「良いじゃないか。気が楽になるかもしれないし…」

 口を尖らせ、眉を顰めて、私がそんなことを考えていると、その考えを見透かしたように、兄貴が口を開いた。

「それにすべてを背負い込むのはしんどいだろう?」

 言われた科白が、ちくりと胸に突き刺さる。

 べつに無理をしている訳じゃない。
 けど、時々はしんどくなる。
 全てを投げ出し、目の前の現実から目を背けたくなることは、きっと誰にだってある筈 ――

「私は別に平気だけど…」

 悔しいことに、兄貴には全てを見透かされている気がして、私はむむぅ…と頬を膨らますと、目の前で短冊にペンを走らせている人物を睨みつけた。

「おまえが強いことは誰よりも知っている。
 でも、兄ちゃんは心配性だからな。
 お前が身体を壊すんじゃないかって気が気じゃないんだ」

 心配?
 言われた科白に、ここ数日の出来事を振り返る。
 連日で研究に没頭して、過度の寝不足。
 そしてろくな睡眠と食事も摂っていないことを思い出した。

「おまえの力は確かに必要なものだ。けど、少しは自分の身体も労わろうな」
「うん」

 兄貴が私を部屋から連れ出したのは、私の体調を心配してくれたからだったみたい。
 いつものように強がって、平気よ、と喉まで出掛かった言葉を、慌てて飲み込んだ。
 まぁ、いつも心配とか、迷惑とかばかりかけているからね…。
 たまには兄貴の言うことも聞いてあげなきゃね。
 兄貴のほうが胃炎にでもなってしまうかもしれない。

 それは絶対に嫌だし!

「出来た!」

 寝ていない、と認識すると、急に眠たくなってくるから人間の身体というのは不思議なもの。
 重力に習って、しょぼしょぼ落ちてくる瞼を擦っていると、兄貴がいきなり大声を上げた。

「な、な、な…何よ?!驚かさないでよ」

 眠気が一気に覚めてしまった私は、嬉そうに短冊を見せてきた兄貴の頭を、近くにあった杖で軽く小突いてやった。

「ハロルドは書いたのか?」

 痛い、と文句を言って、叩かれた箇所を擦りながら兄貴は私の短冊を覗き込んでくる。

「書いてないわ。私は自分の願いは自分で叶えるの!」

 白紙の短冊を見ても、兄貴は怒らなかった。勿論呆れている訳でもない。
 ただ 「そのほうがハロルドらしいな」 って優しい笑顔をくれた。
 私らしいってどんな感じなのかよく解らないけどぉ…。
 兄貴が良いって言うんだから…それで良いや、と思ってしまう。

 私はとことん目の前にいるこの兄が好きなのだ、とちょっと実感してしまった。

「ハロルド?顔が赤いが…・どうかしたのか?」
「な、なんでもない!ところで兄貴は何を書いたの?」

 極自然に浮かんだ自分の考えが改めて恥ずかしくなり、私は慌てて平常心を装うと、兄貴の手から短冊を奪い取った。

「勿論、私の願いはひとつしかないから…」

 ぎゅっと抱きしめられて、耳元で聞きなれた優しい声が響く。
 短冊の内容を見て、私は顔と耳が熱くなった。

「何考えてんの!こんな恥ずかしいこと書かないのー!」

「えぇ!何故!?」

 本当は嬉しかったのに、照れ臭さが勝って、私は兄貴の頭をまたまた杖で乱暴に叩いてしまった。


  ―― 可愛い妹と、ずっと一緒に居れますように


 あのねぇ、兄さん…
 この願いは、短冊になんか書かなくても私が叶えてあげるわよ
 だって兄さんと私は、ずっとずぅーっと一緒なんだからね



END



過去に、大好きなサイトの管理人様に押し付けた小説だったりです。
かなり加筆&修正版。

2003.07.xx



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