がい


 ずっと一緒だって思い込んでいた。
 そんな確証何処にも無かったのに。

 不思議ね。希代の天才と呼ばれるようになる、この私が。
 ずっと兄貴は私の隣に居るって、それだけは馬鹿みたいに信じて疑ってなかったの。

 今は貴方のことばかり思い出す。



「1000年もの間、科学はほとんど進歩しなかったみたいね」

 ハイデルベルグの博物館兼図書館で、何百冊ものブ厚い本を精読し終えたハロルドは、期待外れといった表情を浮かべて、ポツリと呟いた。

「ふぁ〜…さすがに眠たい」

 欠伸をひとつ噛み殺すと、窓を開け放して空を見上げる。
 冷たい風がクシャクシャの髪を揺らし、頬を撫でて、通り過ぎて行く。
 空から舞い堕ちて来るいくつもの結晶は大地一面を純白に染め、一日の始まりを告げる朝日はその世界を照らしていた。

「…アホな兄貴は其処に居るの?」

 見つめる先を指差しながらいったい誰に聞かせているのか解らない言葉。
 其の言葉は、普段の彼女からはとても想像つかないほど静かで哀しい呟きだった。

 ねえ、兄さん。其処に居るの?
 今どうしてる?何してる?笑ってる?
 それともやっぱり怒ってる?
 あのとき、何もかもかなぐり捨てて、駆けつけていれば、歴史が変わることを覚悟すれば、貴方を助けることが出来たかもしれない私を…。

 前ね、リアラに言われたの。
 私は ‘強い’ って…。
 それは適切な言葉ではなかったけど、悪い気はしなかったの。

 そういえば、昔…多分に呆れを含んだ声で兄貴にもよく言われたっけ。

『…はあ、ハロルド…。おまえは本当に意地っ張りで頑固者だな』

 深いため息混じりでそう言う兄貴に、失礼ね、と口を尖らせていた自分が懐かしい。

 そうよ、私は意地っ張りなの。其れで良いの。

 でも、その意地で、私は誰よりも何よりも大切な人を、大好きな人を喪った。
 あのときの選択が間違っていたなんて思わないし、後悔なんて絶対にしないけど…。

 でも、すべてが終わって元の時代に戻ったとき、いつものように優しく微笑んで出迎えてくれる兄貴は、もう何処にも居ない。

「―― ッ……ひっ………ふぅ…」

 あのとき、枯れるほど流した涙は、また溢れ出して止めることが出来なかった。



 あんな連中なんか神様なんか信じない。信じるものか。
 …でも…ひとつだけ叶えて欲しい願いがある。

 この旅が終わって、すべてが元通りになって、この旅で得たすべての記憶を失くしても
 どうか、どうか、私があの場所に駆けつけていますように。
 あの人の最期を看取っていますように…。





 ―― …あの言葉を





「……もう一回ぐらい聞かせてよぉ…」





『……兄ちゃんが…守って……やるからな…』



だからハロルド
お前は胸を張って、自分の信じる道を突き進みなさい
いつでも見守っているから



―― 冷たい風が頬を掠めた。愛しい人の最後の想いを運んで ――



END



懐かしいです。カレハロ初書き小説。
最期の最期までハロルドの心配ばかりしているカーレルが好きです。

2003.04.x06



back