傍に在りたい
朝起きて、鏡の前。
神託の盾から支給された服を身に着けながら
アリエッタは、時折こんなことを考えた。
故郷が沈んだ後
たとえば、総長に拾われなかったら
たとえば、イオン様に出逢わなかったら
たとえば、ライガママとアリエッタのお友達の世界で
ずっとずっと生きていられたなら
他人に温かな好意を抱くことも
他人に激しい憎しみを抱くことも
なかったのだろうか ――
(アリエッタ…どんどん嫌な子になっていく…)
アリエッタは其処まで考えて、ぐすっと鼻を鳴らし、その考えを振り払うよう、ぷるぷると首を振った。
そして自室を後にし、ペタペタと階段を下り、裏口から外に出た。
アリエッタは、ダアトの後ろに位置する小さな森に駆けた。
その小さな背中を見送るものが居たことに、アリエッタは気付かなかった。
奥地に辿り着き、魔物たち ―― 否、アリエッタのお友達に声を掛け、ペタンとその場に腰を下ろす。
いつも側に居てくれるライガが元気のないアリエッタを心配するように、擦り寄ってきた。
「くすぐったいよ。……大丈夫、ありがと」
顔を上げ、お礼の気持ちも込めて、よしよしとライガを撫でる。
もう行くね、と立ち上がり、魔物たちにめいっぱい手を振り、アリエッタはダアトに戻った。
食堂に向かいつつ、まだ人が多い時間帯かなあ、と考える。
アリエッタは人の多い場所が苦手だった。
人間の世界で暮らせるようになったことは勿論嬉しく、ヴァンには感謝しきれない恩がある。
しかし六神将になった今でもアリエッタのことを ‘魔物に育てられた少女’ と奇異な目で見る者も少なくなかった。
もうすこし森に、あの子たちと一緒に居れば良かったかも…と思いながら俯く。
一度自室に戻るかどうか悩み、足を止めた。
アリエッタがぐるぐる考えていると
俯いた視線の先に見覚えのあるものが映った。
「帽子曲がってるよ」
膝から下の部分しか見えなかったが、抑揚のない声に誰か確信した。
「シンク」
俯いていた顔を上げ、こんなところで何してるの、と首を傾げるが、シンクはそれに答えず、つかつかとアリエッタに近付き、帽子に手を伸ばした。
曲がっていた (らしい) 帽子を直してもらい、ありがと、と小さくお礼を言う。
シンクはしばしアリエッタの眸を見つめ、その手を握った。
そうしてシンクがそのまま歩き出したので、アリエッタは半ば引き摺られるように足を踏み出した。
「し、シンクッ…何処行くの?」
「食堂だけど」
ご飯食べないわけ、とシンクが怪訝そうに眉を顰める。
食べるもん、と言い返したアリエッタに、じゃあやっぱ食堂行かなきゃだろ、と返し、シンクは再び歩き出した。
前を進むシンクの背中を見つめて、アリエッタはふと今朝考えていたことを思い出した。
たとえば、たとえば、たとえば…
たとえば、その話が現実になったとき、アリエッタの前にシンクは居ない。
彼との出逢いは消え、当然この手から伝わるぬくもりも消えてしまう。
―― そんなのいやっ!
アリエッタはシンクの腕に縋り、彼の服を握りしめた。
仮面越しだが、シンクは不思議そうにアリエッタを見る。
「どうしたのさ」
「シンク…居てね?」
―― アリエッタのこと、ひとりにしないで…
アリエッタの想いが、薄紅の双眸が、真っ直ぐにシンクを射抜き、
言葉にならない想いを伝える。
シンクは、そんな約束できない、と思ったが、口には出さなかった。
自分の服を震える手で握っているアリエッタをそっと抱きしめ、囁く。
「ちゃんと居るよ。だから安心しなよ」
―― 今はアリエッタの傍に居る
シンクの言葉にアリエッタは、潤んだ眸のまま、ふわりと微笑む。
花が咲き零れる、とは、まさにこういう笑顔のことを言うのかもしれない。
シンクはそう思いながら、彼女をさらに強く抱きしめた。
たとえば、もうそんなことは考えない。
他人に温かな好意を抱くことも
他人に激しい憎しみを抱くことも
シンクと共に在るために必要だったのだから ――
end
神託の盾の本部の食堂 (←何処だよ) の前でいちゃつく御二人。
アリエッタは激情派 (?) で可愛いのです。
真っ直ぐ自分の感情をぶつけてくるアリエッタに戸惑いつつ
その想いに少しでも応えようと頑張るシンクなのです。
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