きみに吹く風
気を集中させ、火の音素を操ろうと四苦八苦しているアリエッタに、シンクが言った。
「火って嫌い…」
―― 一呼吸するだけで肺が焼けるような、赤い、赤い、嫌な場所を思い出すから…
唐突な発言に、アリエッタは詠唱を中断し、薄紅の眸をパチクリさせながらシンクを見る。
「……アリエッタもあんまり好きじゃない、です」
すこし間を置いて、たどたどしく言葉を紡ぎ、火は上手く扱えないから、とアリエッタはしょんぼりした。
アリエッタは闇の譜術に長けている。
火や光の音素とは相性が良くないのかもしれない。
シンクは気にすることないと思うけど、と流し、広い空を仰いだ。
柔らかな風が、シンクの頬を撫で、通り過ぎていく。
「…あ、アリエッタは水も嫌い、です」
いつの間にか此方に来ていたアリエッタが、シンクの隣りに腰を下ろし、ポツリと呟いた。
視線を空からアリエッタに動かせば、彼女はいつも肌身離さず持ち歩いている悪趣味なぬいぐるみに、顔を埋めていた。
表情は窺えないが、
「…みんな飲み込んじゃった」
ぐす、と微かに嗚咽が聞こえる。
ああ、また故郷を思って泣くの、と、小さく溜息。
それでも今日は 『泣き虫』 と突き放す気にはなれなくて、
シンクは躊躇いつつ、アリエッタの頭をそっと撫ぜた。
そして火も一緒だ、と思った。
水も火も全てを飲み込み、消してしまう、と ――
優しく頭を撫でられて、もともと緩いアリエッタの涙腺は、いつも以上の勢いで決壊してしまったらしい。
アリエッタは抱きしめていたぬいぐるみを膝の上に落とし、シンクの服を握りしめると、その胸に顔を押し付けた。
わんわん泣きじゃくるアリエッタの声が、晴れ渡る空に響いた。
+ + + + +
そしてどれくらいアリエッタの頭を撫でていただろう。
気付くと、日はとっぷり暮れていた。
(あれ?)
シンクは頭を軽く振り、上体を起こす。
アリエッタが泣き疲れて眠ってしまい、その後自分も一緒に眠ってしまったようだ。
「アリエッ……タ?」
しかし膝を見ても全体重掛けて眠っていたアリエッタは居なかった。
なんで、と一抹の不安を抱き、シンクは辺りを見渡す。
しかしアリエッタはシンクが予想していたよりずっと近くに居て、すぐ見つけることが出来た。
ホッとし、胸を撫で下ろす。
薄紅の髪を風に揺らしながら夕陽を見ているアリエッタに歩み寄り、今度はシンクのほうから彼女の横に並んだ。
「何してるのさ?」
シンクが問い掛けると、
「風が気持ち良いの」
頬を撫ぜる風に、んーと目を細め、アリエッタは答えた。
意外な答えに、きょと、と眸を瞬かせ、ああ、でも確かに、と納得。
頬を撫ぜる風は柔らかくて、心地良かった。
「………シンク」
「何?」
「アリエッタね、風は好き、ですっ!」
―― 風はシンクの色だから!
両腕を大きく広げて、体いっぱいに風を受けながら、そう言ったアリエッタに、
シンクは不覚にも泣きそうになってしまった。
この色は、能力は、導師の遺伝子によるものだけど
彼女は何も知らないけれど
どうか
彼女の周りには
いつも柔らかな風が吹きますように ――
end
自分の色 (髪とか能力とか) 結局導師のものじゃないか、と思っているシンクですが
アリエッタは ‘シンクの色’ と言って、その色が好き、と言ってくれたので嬉しかったのです。
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