冬の寒さが厳しくなると、クリスマスムードだなんて言ってられないのが、ホントにノットロマンチックだ。
「ぶぇっくしょっ!」
二人きりの小さなお城もとい愛車の中で、蛮は盛大なくしゃみをかました。
「うあっ!? 蛮ちゃぁん、だいじょぶ?」
「……おー」
助手席の銀次が後部座席にあったBOXティッシュを蛮のもとに放り心配そうにする。
鼻をずびずびさせつつ。
…ったく、無敵の美堂蛮サマとあろうものが冬の厳しさと財布の中身の寂しさだけには敵わねーな、とぼやく。
「ねー、蛮ちゃん。今日はさすがに寒くない?」
鼻の頭の赤い蛮を見て (ちょっと子供っぽくてトナカイさんみたいでカワイイなぁ、なんて思ってしまったのは内緒だ) 窓の外の灰色の冬空も見上げて、銀次は、せめてヒーター入れようよぅ、と助手席から手を伸ばした。
「ウルセー。寒いって言うから、余計に寒く感じんだよっ」
そうあれだ。病は気から、と似たようなもんだ!
蛮は無理やり銀次を言いくるめ、操作盤に辿り着く前にその右手をとらえる。
「でもこのままだと、オレたち凍死しちゃうかもしんないよっ!」
「おめーの場合、冬眠って感じだけどなァ」
タレた銀次はまさに動物っぽいし。
言いながら、胸ポケットの煙草を探ろうとして。
「蛮ちゃんっっ!」
銀次の剣幕に手が止まった。
「ふざけないでっ、オレは真剣なんだよ!」
「……オイオイ、どーしたよ?」
金がないときにヒーターをケチるのはいつものことだ。
でも銀次があまりに過剰な反応するので、少々驚いた。
「だって、このままじゃあ……」
陽光を思わせる綺麗な金糸の頭がシュン……と項垂れて。
「せっかくのクリスマスもつまんないしっ、さみしいよぉっ!」
七面鳥の丸焼きに丸太と切り株のケーキ食べたいよぉぉおおぉーっ!
盛大な泣き声が車内に満ちて、パシパシと微かな静電気のような電気が銀次の体を覆う。
「大体蛮ちゃんが奪還料パチンコですっちゃうからいけないんだぁ…」
それが収まったかと思えば、ダッシュボードの上に顔を突っ伏してズゥゥンと落ち込み出した。
「ああー、わぁったよ!」
腹が減ってやがんだなコリャ、と蛮は運転席を出る。
「……蛮ちゃん?」
蛮の気配が離れたことで、銀次は弾かれたように顔を上げた。
「あっ、痛たっ。…待っ、蛮ちゃん何処行くのっ?」
蛮の姿を追い、開けてもいない窓ガラスにゴゴンと額をぶつける銀次。
「……怒ったの?」
先程まで自分が怒っていたクセに、不安そうに聞いてくる銀次はひどく幼い。そして素直すぎる。そういうところが愛しくて堪らないのだけど。
(どんだけベタ惚れなんだかな…)
自嘲しながら、
「アホ」
そんなことはおくびにも出さないのが蛮だ。
金色の前髪がペッタリと押し付けられている額をガラス越しに叩いた。
「煙草がきれたんだよ」
「お、オレも…っ!」
「二人で行っても寒ぃだけだろうが。誰もいねぇ間にレッカーされても困るしよ」
いっしょに行くっ、と続く筈だったろう銀次の言葉を遮る。
「うっ、ううっ、でもぉ!」
「いーから」
駄々っ子になりかけているのを仕方ねェな、と助手席の窓を開けるよう促した。
「留守番してろ銀次」
見た目よりも柔らかいツンツン頭をくしゃくしゃと撫ぜてやり、優しく言い聞かせる。
「……」
「オラ、返事はどーした?」
「…はぁい」
まだ少々不貞腐れているが、確かにてんとう虫くんがレッカーされては困るのだ。銀次はようやく納得した。
「よし。イイコだ」
鼻先に軽く口付けて、なるべく早く帰ってきてやらぁ、と蛮が背を向けたとき、銀次の頬は真っ赤に染まっていた。
「へへっ」
今度は落ち込んで、ではなく、嬉しさと恥ずかしさとこそばゆさにダッシュボードに突っ伏す。
「…蛮ちゃん、早く帰ってきてね…」
そっと落とした呟きは、もう見えなくなった蛮の背中に投げ掛けられていた。
+ + +
プラスチックのボタン越しにランプが点灯している。
唯一の所持金である500円玉を投下した自販機の前で、蛮はぼんやりしていた。
銀次は独りになるのや置いていかれるのを嫌うが、普段はあそこまで極端じゃない。
ただきっと、今日はクリスマスだから。あと、すごく寒いし。
余計に独りになりたくなかったのだろう。
今更遅すぎるが、ラブホに行ける金くらい残しとくべきだった、と蛮は舌打ちをした。
といっても所詮は後の祭りで、後悔先に立たずだ。
ようやっと右手を挙げマルボロを選ぼうとして……。
手は返却レバーを捻っていた。
「……あー、甘ぇ」
果たして何がだろうか?
髪をがしがしと掻く。
答えはきっと、銀次のさみしそうなカオを見た瞬間から決まっていた。
+ + +
そうして蛮が車に戻ってきたのは、銀次がやっぱりひとりはつまんないなー、とタレ始めた頃だった。
バタンと開け放たれたドアから、冷たい風が車内に吹き込む。
「蛮ちゃんっ!」
「あ゛ー、クソさみぃ!」
運転席にドカッと滑り込み、凍死するわけにゃいかねェから波児ンとこに行くぞ、とハンドルを握る。
直ぐにでも発進させようと思ったのだが…。
「蛮ちゃん蛮ちゃん、おかえりっ!」
銀次が助手席から抱き付いてきたので、それは叶わなかった。
ギュ…とされたところから、銀次の体温がじわじわと伝わる。
「んあっ?! 蛮ちゃん頬っぺたスゴく冷たいよっ」
両手でペタペタと頬を包み込まれて、吐息が掛かりそうなくらい顔が近付く。
蛮は極自然に唇を重ねた。
「……ん…」
銀次は琥珀色の瞳をぱちくりさせて、
「…くちびるも冷たいよ?」
至近距離でふふっと小さく微笑う。
「あっためろや?」
「仕方ないなあ。いいよ」
口角をつり上げ人付きの悪い笑みを浮かべる蛮に、銀次はまた微笑む。
(…………あれ?)
でもそこでふと、ある違和感に気付いた。
「…蛮ちゃん」
「あ?」
「タバコの味がしないよ…?」
買いに行ったんだよね、と銀次は首を傾げる。
蛮はギクリとした。
「…あー、売り切れてたんだよ」
「蛮ちゃんっ、どっち向いて言ってるのさ!」
視線を合わさないように答えれば、嘘吐きだ、と簡単に見破られる。
ホントに銀次は、鈍感なクセに自分に関することには妙に目敏く、勘が良い。
それは、それだけ蛮のことをよく見ていると言うことなのだろう。
そう思えば嬉しくないわけがないのだが。
「…ほらよ」
蛮は運転席のドア側に置いていた、自分の身体が邪魔で助手席側からは見えなかっただろう白い箱を銀次に放った。
「わわわっ!」
ナイスキャッチと褒めるには憚る、慌てふためきっぷりで銀次はそれを受け取った。
「やる」
短く告げて、ようやく車を発進させる。
「えっ?」
キョトンとするばかりの銀次を一切無視して蛮は運転に集中した。
そうでもしていないと、きっとこれから訪れるだろう空気に耐えられそうになかったからだ。
「蛮ちゃぁん、ホントに何なの、これ??」
返事がないにも関わらず銀次は蛮に話しかけるのを止めない。
そして箱を開封する気配がして、シン……と車内に沈黙が落ちた。
しかもタイミング悪く (いや、この場合良いのかもしれないが) 赤信号に引っ掛かってしまう。
「…………銀次?」
賑やかさが代名詞の相棒の静けさに、思わず助手席を見やってしまった。
そこには箱の中身を凝視したままの格好で固まっている銀次がいて、
「そンなに驚かなくてもいいだろーがっ!」
「蛮ちゃんこれ…?」
「まぁ、オメーが食いたかったのはホールだろうけどな。ンな予算はなかったんだよ」
「…タバコは?」
居たたまれなさに早口で言葉を並べる蛮に、銀次はやっぱり静かに問い掛けてきた。
「…………」
「ねぇ、蛮ちゃん。答えてよ…」
「…だっから、煙草よりオメーが美味そうにケーキ食ってんのが見たかったんだよッ!!」
言わせんじゃねぇバカ!
「蛮ちゃんっ!」
結局いつものように怒鳴りつけるみたいに言い放ってしまったが、銀次はこの世の幸福を凝縮したような輝かしい笑顔を見せてくれた。
「だいすき!」
寒くて貧乏な、ノットロマンチックだった筈の二人のクリスマスは、
HONKYTONKへの道のりを銀次に抱き付かれたままの格好で、ついでに時折キスを返しながら、かなり乱れた危険運転で辿り着くことで色付いたと言う。
[ end ]
蛮×銀次
思いっきり遅刻のメリクリ話です。
そもそも書き始めたのが24日あたりだったので、そりゃあ、25日に間に合うわけもなく!(苦笑)
でも、またまた甘い蛮ちゃんが書けてシアワセでしたー。
08.12.28 up
俺は常日頃から思っていることがある。
それは銀次を見ると浮上する問題で。
「あっ、蛮ちゃん見て見てっ」
「ちょうちょが飛んでるよー」
「良い天気だね〜」
「お仕事来ないねぇ…」
「お腹空いたよぉ…」
この子供みてーな甘ったるい口調。
こいつっっ、本当に俺とタメなんだろうかっ!?
大体18の男がこんなにもハーフパンツが似合うのも如何なものか。
他のヤロウがやっていたら、鳥肌もので目潰し的な威力だろう。
まぁ、銀次の脚もある意味では目の毒なんだが……。
(つーか、柔らかそうなんだよなァ…)
特別に色白ってワケではないが、銀次の肌は柔っこそうで実際頬っぺたはフニフニだし、引っ張ると餅のようによく伸びる。
体は俺より身長も高く (まァ、たった一センチの差だが) ちゃんとヤロウの骨格をしているのに、抱き付かれても不思議と不快感がない。
むしろ子供のような体温は心地好いくらいだ。
「蛮ちゃんっ」
そこまで考えてハッとした。
「どったの?」
銀次が不思議そうに俺の顔を覗き込む。
ま、待て待て待てッ!
俺、今なんかとんでもない考えに耽ってなかったかっ!?
違うだろ。
そもそも銀次が俺とタメとは思えねぇお子ちゃまっぷりだから、実はあいつ自分でも気付かないうちに年齢詐称してんじゃねーのって問題だった筈だ。
冷静になれッッ、落ち着け、俺っ!
柄にもなく必死で自分を説得した。
―― だが、
「ねーねー、蛮ちゃんどしたの?」
ヤロウがねーねー、って可愛く言うな!
あと小首を傾げる仕草は止めろっっ!
自身への説得はあえなく失敗に終わる。
逆に銀次に対する認識をまざまざと意識させられる破目に陥った。
(…可愛く言うなって、なんだよそれ…)
つまり俺にとって銀次は可愛いのか……?
そりゃあ、銀次は頭が軽くて単純で、バカが付くほどのお人好しで素直で、微笑ったり泣いたりする方面の感情の起伏が激しくて、コロコロと表情の変わる、傍で見ていて本当に飽きないやつだ。
また誰に対しても優しく、大概優しすぎて自分が苦しむことになっても、それでも他人を優先しちまうようなやつだ。
悪鬼の巣窟と言われる無限城にいながら、スレることなく、陽の部分を失わなかった。
……俺にない強さも持っているやつだ。
確認してみれば、答えはいとも簡単に弾き出された。
ハッ、なんだよ。美堂蛮サマともあろうものが随分なベタ惚れっぷりじゃねーか。
そうか。俺サマが銀次をねぇ…。
っても銀次だしなァ、なんかいまいち実感が湧かねーな。
「ばっ、蛮ちゃん、ねぇ、聞いてる?」
そう思って、銀次の顔を凝視してみた。
「さっきからボーッとして体の調子でも悪いの…?」
見つめられることにはさして構わず、銀次は心配そうに瞳を潤ませている。
その姿にはグッとくるものがあった。
ああ、やっぱ間違いないみてぇ。
「銀次」
俺はいつになく真剣な声音でやつを引き寄せた。
「ば、ばんちゃん…?」
銀次は益々眉を八の字にして今にも泣き出しそうだ。
「…俺、どうやら病気みてぇなんだ」
「……嘘っ!?」
「いや、マジで」
自覚症状が出たのは今しがただけどな。
「やっ、いやだっ!」
銀次は青白い顔色で叫んだ。それも現実を受け入れたくないとばかりに首を振りながら。
「やだやだっ、ばんちゃん死なないで…!」
いつの間にか銀次の中で、俺は不治の病か何かに診断されたらしい。
「蛮ちゃんがいないと、オレ淋しくって死んじゃう…!」
わあわあ、と泣きじゃくり、とんでもなく可愛いことを言ってくる。
「ばぁーか。死なねぇよ」
ったく話が飛躍しすぎだっつの。素直すぎるのも考えものだな。
半分呆れながらも、口元がしまりなく緩んでいく。
「でも、お前がいないと悪化する」
「……えっ?」
正確に言うと、相手が居ても居なくても悪化する類いのもんだけどな。
「じゃあっ、オレずっといっしょにいる。蛮ちゃんの傍にいるよっ」
「…へぇ」
献身的だな、銀次。
「一緒にいたら移る病気だとしてもか?」
でも傍に置いたら俺は絶対にこいつを全部欲しくなる。
俺に絶対的な信頼を寄せる、そんな知識も経験もほぼ皆無に等しい銀次を抱いて、自分のものにしたくなるだろうな…。
「どうだ銀次、それでも俺の傍にいれるか?」
顎に手を添えて問えば、銀次の琥珀色の瞳から涙が一筋流れた。
もともとデケェ目がまん丸に見開かれている。
「……蛮ちゃん」
銀次はふわり…と微笑った。
俺の首に腕を回し、隙間をなくすように、ギュッ…と抱きついてくる。
「オレ、そんなこと平気だよ」
―― 蛮ちゃんがいない世界のほうがずっとずっと、いやだよ。
耳元で静かな声音が響いた。
俺も銀次以上の力で、その背を抱きしめ返す。
「…そうか」
「うんっ」
「後悔すんなよ?」
「しないよ。するわけないじゃんっ」
―― オレが蛮ちゃんをまもってあげる。
そう言って、涙に濡れた頬でふわふわと柔らかに微笑う存在がいとしい…。
我ながら、頭ン中わいてんな、と思いながらも、
悪い気はしなかった。
そうして俺はこの病気のような熱を移すべく、銀次の血色の良いくちびるに甘く噛み付いたのだった。
[ end ]
蛮×銀次
拍手に載せていた小話ログ。
09.01.22 up