OOFURI

　空は快晴。
　陽射しの眩しい部活の休憩時間。
　互いの背中をピタリと合わせて、下敷きを片手に頭に乗せる。つんつんの黒髪からふわふわの茶髪にゆっくりスライドさせていく。それも至極真剣に。これはいわゆる背比べである。
　田島の手によって動かされていた下敷きは途中でコンと段差にぶつかり滑らなくなった。

「あたっ」

　同時に小さく届く三橋の声。

「むー。やっぱ三橋でも駄目か」

　ほんとうは三橋だから越したい気持ちを秘めていたけどちょっと悔しくてかなり悔しくて口には出せなかった。

（好きな相手より低いのな。…カッコわりー）

「ちぇ…」

　珍しくため息と共に力無く肩を落とし俯く四番バッターを、三橋は慌てて振り向いた。

「あ、た　じまくんっ」

　顔を見なくともおろおろしているだろう三橋が容易に浮かぶ。きっと泣きそうになっている。
　三橋の泣き顔は可愛いから嫌いじゃない。けどやっぱり微笑っているほうがもっと可愛いと思う。
　心配もして貰えるとかなり嬉しい。けどやっぱり心配なんて掛けちゃいけないことだ。

　だって大切だから ――

　田島は、矛盾しまくりー。らしくねぇよな、と思考を切り替えパッと顔を上げた。

「おー？どうした？」

　きっとまた眉を八の字にタレ下げているだろう三橋。その困った顔を見ようとして、それより先に視界には柔らかい色彩が広がった。

（…あ、　れ？）

　首周りに他人のぬくもり。三橋の腕だ。三橋に抱き着かれている。
　田島から三橋に抱き着くことはしょっちゅうだがその反対は滅多にない。
　だから田島の脳ミソは三橋に抱き着かれていることを認識するのに長い時間を要した。

「みはし？」

　ちょいん、と頭の上にハテナを飛ばす。呆気に取られている田島に構わず （と言うより気付かず） 三橋は短い黒髪をよしよしと撫ぜた。

「げ、げんきっ　だして」

　―― 田島君まだ伸びるよ！おれも伸びる、しっ！

　いっぱいいっぱいで下手くそ過ぎるなぐさめ。でも三橋の精一杯の優しさ。頬と心が熱くなった。

「うんっ！オレ元気だぞ。ありがとなっ」

　ぎゅう、と抱き着いてくる優しいひとの腰に腕を回す。いたずらっ子のようにニッと笑って、よっ、と言う掛け声と共に三橋の体を持ち上げた。爪先が宙に浮いたことに驚いたのだろう。ハチミツ色の眸が大きく瞬く。

「うおっ、　たじまくっ！」
「おおっ！三橋軽い〜〜」

「うあ、ああっ、危な　い、よぉっ」
「だいじょーぶだ、ってぇぇええぇっ！」

　三橋を抱えたままクルクル回って、同じように目もクルクル回って、二人一緒にグラウンドの端の草原に転がった。

「あ、痛てっ」

　やべ。大丈夫じゃなかったか、と大笑いしながら起き上がり、葉っぱの付いた頭を振るう。
　転んだ時の衝撃から立ち直れなくて未だうーんうーんと眉をしかめている三橋を見た。
　あうぅっ、と唸る唇にちゅっとくちづける。

「大丈夫かー？」

　覆い被さり、顔を覗き込むように問い掛ける。

　ち、近い　よ、と困ったように言い、ハチミツ色の眸が恥ずかしそうに数回瞬いて、ふにゃら、とほころぶ。

　うん！やっぱり三橋も笑顔がいちばんだ！と再認識した田島は、この笑顔を引き出せるならオレもなかなかじゃん、と身長のことは記憶の彼方に追いやることにした。


　[ end ］

　三橋の目はでかいと思う。
　他のやつらとは少し違う薄いハチミツ色をしている。
　オレはあの目が好きだ。
　最初はなかなか視線が合わなくて （阿部にいたっては未だに合わないみたいだけど） こら、三橋！ちゃんとこっち見ろよな、て思ったりしたけど今は大分オレの目を見ながら話出来るようになったから、うんうん、頑張ってんじゃん！て思う。
　あ、話がずれた。
　えーとつまり三橋は目がでかいから涙腺もゆるゆるで涙もどはどば出ちゃうのかって話だ。

「たじ、まくっ…」

　ほーら、また泣いちゃってる。
　どうやら阿部と喧嘩…じゃねぇや。なんだっけ？
　あ、そうそう。
　‘うちのチームのバッテリーは意思疎通が困難だ’ 〈by主将花井〉
　らしいからきっとまた意思疎通が上手くいかなかったんだな。

　うっうっと嗚咽混じりにオレの練習着の裾を引く三橋の頭をちょっと背伸びして胸に抱きしめる。

　こいつの頭ってふわふわだな。
　よしよし。

　そんな泣いてばっかだと目が溶けちゃうぞ。
　オレはお前の目が気に入ってるからそんなの嫌だ。困る。

　嫌だから泣きやんで欲しくて
　れろっ、と
　濡れた頬から眼球まで舐め上げた。
　目尻の涙もちゅっと吸ってやる。あ、しょっぱい。

　三橋は、やっ、痛い痛い、て余計泣いた後にオレの顔を見て、

「た、じまくん…？」

　キョトンと首を傾けた。

　うし、涙は止まったな。

　三橋はしかたないな、てぐりぐり頭を掻き混ぜる。
　ほら、オレも一緒に阿部のところに行ってやるからさ。
　もう泣くのはなしだぜ、三橋。


　[ end ］