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OOFURI

ふ た り は ず っ と ひ と り と ひ と り

 放課後になる度にグラウンドに響く声と打球の音がおれの心を重くする。
 おれはもうあそこには戻れないのかと、いつも突き付けられていた。



「元希さん、元希さん!」

 ハッと覚醒する。
 着替え中にぼんやりしたおれをタカヤが見上げていた。

「あンだよ?」
「えっ、いや…」

 言い難そうに口ごもるのに苛立つ。

「いーたいコトあんならはっきり言えよ」

 中途半端は嫌いだ。
 不機嫌さをあらわに聞いたせいか、タカヤはキッとおれを睨み付けてきた。

「なんかボーッとしてるように見えたっつーか、様子が変に見えたから、気になったンすよ!」

 悪いですかっ、と逆ギレ気味に言いきったタカヤはゼイゼイと肩で息をしていた。

「フーン」

 練習着をスポーツバッグに詰めて、ファスナーを閉める。
 屈んだため頭の上から 「ふーんってなんですかフーンって」 とぶつぶつ不満そうなタカヤの言葉が降ってきた。

 鞄を持つのを止めた。
 立ち上がり、タカヤの顔の横に両手を付く。
 おれとロッカーの間に閉じ込められる形になり、タカヤは驚いていた。

「心配してくれてアリガトウとでも言えば満足か?」

 お前は何も知らないだろう。踏みいってくんなよ、と突き放し線を引く。
 タカヤのタレ目が傷付いたようにほんの少し揺れた。

「…もう、良いです」

 くしゃりと歪んだ表情を隠すように俯いて、退いてくださいよ、とぐいぐい胸元を押される。
 腕を突っぱねて伸ばしている分、ずり上がった袖の先から痛々しい痣が見えた。

 タカヤは何も知らない。
 最初からここにいて、ここで誰かの球を受けるのが当たり前で。
 おれは途中からの半端者。
 だからってわけじゃないけど、タカヤに何かを話そうとは思わなかった。
 タカヤに話したところで、おれが部活に、……学校のグラウンドに戻れるわけではなかった…。

 でも、タカヤはおれの球を捕っている (まだ、こぼすほうが多いけど)
 痣の数だけタカヤはおれの前に座っているわけで、その事実は不思議と無性に胸の奥を熱くした。

 ふと、一回り小さな身体を抱きしめてみる。

「…もとっ、元希さん?」

 タカヤのぎょっとしたような声が響く。
 野郎に抱きしめられたんだから、当然だろう。

「……タカヤ」

 サルみたいに短い黒髪に頬を引っ付けた。



 なぁ、お前は何も知らないけど。
 知らないままで良い。
 ただおれの前に座ってろ。捕れ。受け止めろ。
 それがどれだけおれを救うか……、
 お前にはずっと分からないままで良いと思う。

 ……ここから始まったお前と、そうではないおれとでは何もかもが違うんだ。
 おれの野球はここがいちばんじゃない。
 普段は何とも思わないそれが、おれの球を捕球できた練習中や、試合に勝ったときにみせるタカヤの笑顔を思い出すと、ほんの少しさみしく思えた。


 [ end ]
元希とタカヤ
攻め不在の小話。受けしかおらんヨ!(笑)
荒れ荒れ元希さんとタカヤはせつないなーと思います
08.12.04 up