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OOFURI

 抱 き し め た ら 、 変 わ れ る ?


 ―― あんたの声は好きだけど、紡がれる言葉が嫌いだ。



 オレの家に遊びにきた元希さんが、べちゃくちゃと何かを喋っている。オレは一つ一つに相槌をうちながら、その内容が頭の中に残らないように頑張っていた。


「タカヤタカヤ」
「……なんですか?」

 元希さんがご機嫌でおれの名前を二回繰り返す。返事をしないわけにはいかないので (だってシカトを続けるとこれがもっと喧しくなるのだ) 本に落とした視線はそのままに、声だけを返球した。

「なあ、えっちしよー」

 大きな体をぶつけるように、ぎゅっと抱き着かれる。甘えられる。
 元希さんはオレと自分の体の体格差が、未だにちゃんと把握できてないと思う。…重い。

「…またですか?」

 呆れたように、いや実際呆れて返した。
 元希さんは、食べる、眠る、欲するという、三大欲求に忠実すぎだ。
 オレは顔を突き合わすたびに 『えっちしよーぜ』 と言われている気がする。
 このひとオレの体が目当てなのか?  疑惑を抱いて、でもそれならば、わざわざ男を選ぶ必要はないか、と考え直す。
 ああ、でも女は、いろいろと面倒くさいからお手軽にオレって可能性もあるかもしれない。
 …いやいや、元希さんにそんな高度な技は使えない。使えるわけがない。
 オレには解読することのできない、思考回路を持つ榛名元希。
 分かりもしないひとのことを、無意識に考え続ける自分がとてつもなく嫌で、途中で投げ出した。

「元希さん絶倫なんで嫌です。疲れる」

 そして、常日頃から思っていることを返し、断りをいれる。

「タカヤ枯れすぎ。オレよりガキのくせにジジィみてぇ」

 失礼極まりないことを言われた。

「…じゃあ、他のやつとでもやってこいよ」

 誰がジジィだ。額に青筋を立てて、静かにキレる。
 冷たい言葉が口をついた。

「…オレはタカヤとが良いっつってんのに…」

 元希さんの声量が少し落ちる。
 どうやら、傷付けてしまったっぽい。
 でも、昔のこのひとはこれくらいじゃあへこたれなかったから、むしろ、ひとつ言えば100倍の口の汚さで返してきた。

「あんたは顔が良いから、引く手あまたでしょう」

 オレは昔の元希さんに対する感覚で言葉を繋げる。
 わざわざひとつ年下の子供にねだることもないだろうと突き放す。

 ―― バシッ!

「痛てェッ…」

 頭めがけて雑誌が飛んできた。
 ノーコンのくせに、こんなときばかりコントロールの良い榛名。ムカつく。

「何すんだよ!」

 噛み付いた先の、榛名の表情は長い前髪に隠されて窺えなかった。

「……タカヤってオレのこと嫌いだよな…」

 知ってっけど、と榛名は小さく繋げた。

「ああ、そうですよ」

 だって、オレはまだ昔のことが許せない。
 あんたはサイテーだったし (今も変わらず、たまにサイテーだけど) オレはあんたに沢山泣かされた。傷付いた。
 あんたがオレの心にざっくり付けた傷は、まだ塞がっていない。

「…帰る」

 榛名がぽつりとこぼす。背中を向ける。

「…あんた、一体何しに来たンすか」

 あの頃、散々振り向いて欲しいと願ってやまなかった (そして、オレの願いを決して叶えてくれなかった) その背に、言葉を投げる。

「………タカヤとえっちしに」

 榛名は少し間を置いて答えた。
 いつも、思ったことを無神経極まりなく返すこのひとには珍しい、ゆっくりの返答だった。

「えっち出来なかったら、オレはもう用無しですか」

 相変わらず、ご勝手なことだ。
 また、冷たく返す。

「だって、他に何すりゃあ良いんだよ」

 お前もう、おれのキャッチじゃないじゃん、と榛名は続けた。声が震えている。

「タカヤ本読んでばっかだし、オレのこと無視する、し…」
「オレ、無視はしてないですよ」

 涙声に滲んでいく言葉を途中で遮る。

「ちゃんと何度も答えましたよ。くだらないことも、聞きたくもないあんたの野球部の話も沢山聞きましたよ」

 あんたはとても楽しそうに話していたから、あんたにとっては大切なことだったんだろう。
 でも、オレには耳障りでしかなかった。

「…ンだよ、それ……」

 嗚咽と一緒に肩が震える。
 もう良い、やっぱり帰ると、本格的に泣き出した榛名がドアノブに手を掛けた。

「ねえ、元希さん」

 そこでようやく本を置き、ベッドに腰を掛ける。
 呼ばれたことに反応して、榛名はドアノブを回すことが出来ないでいるようだ。

「今度はオレの話も聞いてくれませんか?」
「……ニシウラの話?」

 榛名が振り向いた。
 泣きはらした、ウサギのように真っ赤な目でオレを見る。
 自分でしたくせに、質問の内容に眉をひそめている。

「違いますよ」

 オレはあんたと違って無神経じゃないから、あんたがいないチームで楽しく野球やってる自分の話なんてしない。

「じゃあ、何話すんだよ」

 また、少しさみしそうに瞳を揺らすので、ベッドを軽く叩いた。

「…あンだよ」

 榛名がずずっと鼻を啜る。

「ここ来ませんか?」

 お話すんのにそこじゃあちょっと遠いですし、と伝える。
 出来れば、言う前に察して欲しいのだが、この鈍さが榛名だ。
 榛名は、どうして良いか分からないって様子で、しばらく立ち尽くして、そろりとベッドに上がってきた。
 長い睫毛に縁取られた瞳がまだ少し、濡れている。

「…なんの話すんの?」

 きょと、と首を傾げる姿がようやくちょっと可愛く見えてきた。

「恋人同士の話をしたいなあ、って」

 えっちしなくても、オレたちはちゃんと恋人同士ですよ、と手を伸ばす。濡れた頬を拭う。
 元希さんが大きく瞳を瞬いた。
 せっかく拭ってやっているのに、また新しい涙がオレの手を濡らす。

「タカヤ」
「うわっ」

 ドンッと、力加減も何もない勢いで抱き着かれ、受け止めきれなかった。
 ちっ。内心舌打ちする。
 悔しいが、押し倒された。

「…タカヤ、好き」

 組み敷かれたまま見上げれば、涙に濡れた瞳がふわりと細められた。
 元希さんは微笑うと、本当に幼い、可愛い、眩しい、そしてキレイだ。

「それはどうも」

 愛の告白にお礼を告げ、艶やかな黒い髪に指を差し入れる。引き寄せて、くちびるを重ねた。

「…ふ…、んっ…」

(オレも今のあんたの言葉は全部好きだよ)

 喋らなくても良い状況を自らの手で作り出し、心の中で思った。

 ―― だってオレは、まだ口には出せないから。



 (あともう少し、あんたがオレの傷口を塞いでくれれば言えるのに、あんたはバカだから、たまに傷口をぐりぐりと広げてくれやがる。オレは一体いつになれば、あんたに 『好きです』 と言えるだろうか?)


 [ end ]
アベハル
榛名に冷たい阿部さんですみません。これ今読み直すとけっこうひどいな…。
三ヶ月くらい前に書いたものなんですが色々と迷走していた模様。
08.09.24 up