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OOFURI

 あったかい左手

 ロッカーの前、白のYシャツを羽織り、着慣れた黒の学ランに腕を通す。
 その際にくしゃくしゃになった髪を手櫛で適当に撫で付けた。

(…あ、これするとオレの姉貴怒るんだよなー)

 そしてふと思い出す。
 えーとたしか姉曰く 『こら元希ー!あんた素材 (もと) が良いんだから寝癖頭のままでいるのやめなさいよ』 とのことだった気がする。

(素材がいいねぇ?)

 ちょい、と長めの前髪を摘む。
 さらさらと指と指の間をすり抜けていく黒髪。
 たしかに手入れ等いっさいしたことはないが、まあまあ綺麗なほうではないかと思った。
 すいと視線を動かして、他のものの頭に目をやる。
 一学年下の小さなキャッチはまだ着替え中だった。
 じっと見下ろし、丁度良い位置だなあ、と頭に手のひらを乗せてみる。
 自分とは違いサルみたく短い髪。

(さらさら、て感じはしねーな)

 くしゃ、と撫ぜて、自分の髪質と比べ、そんなことを考える。

「……あの元希さん?」

 何なんっすか?動けなくて困る、と戸惑ったような困惑したような視線が
 こちらに向けられた。

「お前の頭、丁度いい位置にあんなぁって」

 今度は子供にするようにぽふぽふと撫でてみる。
 タカヤは頬をカッと紅潮させて榛名の手から逃れた。
 タレ目のくせに勝気な眸が約10センチ上にある榛名の顔をキッと睨み付ける。
 存外に小さいと言われたようなものだから無理もない。
 子供扱いしたことも気に入らなかったらしい。

「なんっすか、それっ!」
「あ?そのまんまの意味だって」

 ムキになるタカヤを、ガキだなーと思う。
 榛名はニッと笑った。
 その笑顔にタカヤは、ひい、と後退る。
 榛名は我が儘で気紛れで俺様で、機嫌の良いときにすり寄ってきたかと思えば、
 ちょっとしたことで機嫌を損ねて (もしくは興味を他のものに移して) するりとその手を
 すり抜ける。機嫌の悪いときも手に負えないが…。
 機嫌の良いときにもこんなに警戒しなきゃいけない人物も珍しいと言えるだろう。

(なっ、なんなんだよ。その満面の笑みは…)

 じりじりと後退する (といってもこんな狭い更衣室の何処に逃げろというのか)
 タカヤの嫌な予感は的中してしまった。
 榛名は、うりゃ、とタカヤの腕を引っ掴み、そのままその胸に抱き込んだ。

「ちょ、モトキさんっ!」

 ジタバタともがくタカヤの反応が楽しくて仕方ないらしい。
 頭上に♪マークでも飛ばしてるのではないか、というくらい榛名は上機嫌で、
 自分よりも一回り小さな体をぎゅーと抱きしめていた。

「こっの!は、はなせ〜〜!」

 タカヤは力で敵う筈もないのに抵抗を続ける。

「♪」

 榛名は無視を決め込み、さらにぎゅっぎゅーっとする。
 ついでに短い髪のうえに顎も乗っけておいた。
 お、これも丁度いい位置だ、と満足。

「モトキー。タカヤで遊ぶのも程々にしておけよー」

 バッテリー二人のじゃれ付き合いに、他のチームメイトから笑いが起こる。

「おー」
「ちょ、誰が、あそ……ってオレはおもちゃじゃねー!」

 タカヤ ‘で’ 遊ぶ、といった聞き捨てならない発言にタカヤの頭には益々血が昇って、
 きーとジタバタと暴れ出した。

「あーもうっ!てめ、じっとしてろっての」

 怪我したらどうすんだよ!オレがっ!と文句を言い、先程以上にタカヤをがっちり
 ホールドした榛名に、

「なら放せばいいだろ!つか放してくださいよッ」

 もはや躍起になって噛み付く。
 榛名はキョトンと眸を瞬いて、腕の力を緩めた。
 タカヤの顔を覗き込む。

「んーでもよ。お前の頭、サルみたいだけど触り心地良いから」

 もう一度短い黒髪をよしよし、と撫でて、ほんとうに思った感想を素直に述べる榛名に
 (しかも今回は悪意ゼロ%の無邪気な微笑み付きで) タカヤはガクッと脱力した。

(だ、誰がサルだよ!つかだったらもうちょっと力加減しろよ…)

 スキンシップと呼ぶには容赦ない力を加えてくる榛名の左腕に、大事なものを扱うときのようにそっと手を添えて、
 ああ、くそ、と抵抗を諦める。
 榛名の興味がべつのものに移れば、解放してもらえるだろう、と踏んだことだったけれど

「なあタカヤ」
「…もうなんっすか…」
「早くおっきくなれよ」
「……ほっといてください」

 このときのタカヤの予想は大外れしてしまい、榛名がシニアを卒業するそのときまで、
 彼の興味がタカヤ以外のものに移ることはなかった。


 [ end ]
元希 + 隆也
二人ともゲンミツに受けになりました (おい)
しかしタカヤの頭はホントにちょっとサルっぽくてかわいいと思っております。
07.10.31 up





 undercurrent

 気紛れな優しさが、
 突き放されたときの記憶と同じところに鮮明に残っていて、
 いくら消そうと足掻いても消えてくれない ――


 [ end ]
阿部
ほんとうは上の小話の最初と最後に入れるモノローグだったのですが独立させてみました。
ひとつ下に対の榛名バージョン。
07.10.31 up





 undercurrent

 気が向いたときに構ってやれば、
 なんだか失礼なくらいとても驚いて、嬉しそうにしていた
 辛かった時期とも少し重なる、生意気な口煩さと同じところに残るその記憶を、
 消したいとは思わないのに、お前が武蔵野 (ここ) にいないから
 少しずつ薄れていってしまうのを止められない ――


 [ end ]
榛名
タイトルの意味は表面に現れない感情や思い。
この二人はシリアスを書くと大変なことになりそうなので、ほのぼので止めておこうと思ったのに、
うっかりこんなモノローグが……。
07.10.31 up