瓶の中、光に透けてキラキラ。
瓶の中、右に左にカラコロ。
ときめきで発動する、素敵な魔法をきみにあげる。
+ + +
―― 暖かな昼休み。午前中の授業の合間早々と早弁をしてしまった西浦ーぜの無敵の四番は、チャリ一分の自宅に戻っていた。
曾祖父、曾祖母、祖父、祖母、そして母とお昼ご飯を堪能して、身長成長促進剤の牛乳を飲む。唇の上に白い髭をこしらえて、ぷはっ、と息を吐いた。
「悠ー!」
母に名前を呼ばれたのはそのときである。
「んあ、なにー?」
首を傾げれば、飼い猫が蔵のほうにいたから、連れ戻してきてほしい、とお願いされた。
「オッケー」
空になった牛乳パックをシンクに置いて、田島は縁側に向かう。主に祖父たちが履く下駄を適当に引っ掛けて蔵の扉を開けた。
物置とも化している薄暗く、湿っぽい中に足を踏み入れる。
「おっ、いた」
幸い、猫は直ぐに見つけることができた。
「お前なー。ここは物置だから、遊んじゃダメだぞっ」
小さな毛玉を抱き上げて、積み上げられた物が雪崩でも起こしたらぺちゃんこだぞ、と言い付ける。猫は鼻先をふんふん引っ付けて、みゃあ、と小さく鳴いた。
「よし。戻ろー」
くるりと踵を返し、蔵を出ようとする。
視線の端で何かがチカッとしたのはそのときだった。
開け放った扉から射し込む陽の光に、蔵の中のあるものが反射していた。
きょとんと首を傾げる。田島は煌めくそれに手を伸ばした。
―― 事件の始まりである。
+ + +
シアワセいっぱいの昼休みが終わり掃除の時間。満たされたお腹に睡魔を誘われながら、午後の授業が終わる。
待ちに待った放課後、部活だ。
宿題に必要なのと使わないだろう教科書を選別し、使わないほうを机の中に押し込む。椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。
逸る心は既にグラウンドに向かっていて、三橋はふにゃりと表情を綻ばせた。
「みっはし〜」
その背にがばっと抱き付いたのは、お昼ご飯をいっしょに出来なかった田島だ。
「田島くっ、おも、重いよ」
三橋がジタバタすると、
「あっ、悪ィ」
無敵の四番はパッと身を引いた。
「重かったかー?」
顔を覗き込んで心配してもらったのを、
「ダイジョブだ、よ」
やっぱりふにゃふにゃの笑顔で応える。田島は、なら良かった、と眩しい笑顔で三橋の耳に唇を寄せた。
「あのなっ」
ピンポン玉のように弾んだ声が響く。
「オレ、ウマイもん持ってるぜっ」
「うまいものっ!」
食欲魔神の三橋にはとても甘美に感じられる単語が吹き込まれた。条件反射のように口の端に涎が垂れる。
「おう、これ!」
田島が差し出して見せてくれたのは透明な硝子の瓶だった。
「ふおっっ」
中に二色の飴玉が見えるそれに、三橋は奇声のような喜びの声を上げる。
「ちっちゃいからさ、いま食っちゃってもきっと大丈夫だゾ!」
部活中に口をもごもごさせているわけにはいかないが、飴玉のサイズは小さめで舐めとかせば早々に無くなってしまいそうだった。
「ってことで、あーん♪」
餌付けの声につられて三橋の口が大きくパカリと開く。
田島の手によって転がされた飴玉の色は、赤い色をしていた。
田島君ありがとぉ、と告げながら、舌先で飴玉を突っつきカラコロと転がす。
「甘ぁい」
「赤いからイチゴ味か?」
「…ううん。なんか、初めて食べた味、だ」
田島の質問に首を振りながら、三橋には本当に何味と表していいのか分からないでいた。
果物などの甘さとは違うし、かと言って、サイダー系とも違う。
ただ口の中に生まれて初めて感じる甘さが広がっていて。
(もう一つのほうも、同じ味なのか…?)
瓶の中、光に反射してキラキラと輝く二色に三橋はまた瞳を奪われていた。
「そっかっ。不思議な味のマジカルキャンディだな」
田島が胸を張って命名したキャンディは、彼の鞄の中へと一旦姿を消す。
「おーい、お前ら〜」
教室の入り口から声を掛けられたのは、その直後だった。
「ハマちゃ、んっ」
西浦ーぜのチビッ子コンビが振り向いた先には、同じクラスの浜田と泉、そして7組の阿部がいた。
「阿部が連絡事項伝えに来てくれたぜ」
泉の言葉に、二人はタレ目の副キャプテンを見上げる。
「シガポに聞いたんだけどよ。今日は監督ちょっと遅れるんだと」
「モモカンがー?」
へぇー。珍しいなァ、と田島は頭の後ろで両手を組む。
三橋もそのとなりで、常のヒヨコくちばし型の唇をしている。
一見すればちょっと (かなりか?) おマヌケな表情で、でも自分の話を真剣に聞いてくれている三橋に、阿部の心は温まる。
側にあるフワフワの髪を軽く撫ぜた。
「ああ。だから、先に練習始めとけってよ」
あと花井の言うことちゃんと聞けよって。
田島に向かってそう締め括り、阿部は三橋の頭から手を離した。9組を後にしようとする。
「あべくっ」
その背を三橋が呼び止めた。オプションにワイシャツを掴む動作まで付いてきた。
「ど、どうしたよ?」
呼び止められたこと以上に、ワイシャツの端を掴んでいる三橋に動揺する。
振り向いた先に見た三橋もピッと髪を逆立てた動物みたいな反応をしたので、表情で動揺が伝わったのかもしれないと思った。
三橋は、えっと、とか、うと、とか相変わらずキョドってしまいながら言葉を紡いだ。
「あのッ、あのねっ、い、いっしょに…!」
せっかくだから、部室まで一緒に行こう?
三橋はそう誘いたいらしい。
…………が、上手く言葉にならない。
昔馴染みのたどたどしい様子に、側にいる浜田は初めてのおつかいを見守る母親のような心境になっていた。
三橋はなけなしの勇気を振り絞って、逸らしまくっていた視線を阿部の顔に向ける。
瞬間、ドクンと心臓が高鳴った。
―― え?
最初は阿部に視線を合わせたために心が喜んで鳴った鼓動だと思った。
けれど、心臓の音は大きくなるばかりで一向に治まらない。
身体も熱くて、やっぱりおかしい。
頭上にハテナを飛ばしながら、制御不能な身体を支えきれず、三橋はその場に崩れ落ちた。
誰かの、とても覚えのある腕に抱き留められるのを感じた。
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アベミハと西浦ーぜ
08.12.11 up