あなたには何も話せない
そのひとを想えば、胸がドキドキして、身体が熱い。
恋なのか、
愛なのか、
難しいことはよくわかりません。
ただ、求めていて、
欲しています。
自分を選んでほしい。
捨てないでほしい。
浅ましくたって、おれはその手以外を知らない。
知りたいとも思いません。
こんなおれは汚いですか、
変ですか、
嫌ですか、
―― ねぇ、阿部くん……。
[ end ]
阿部←三橋
オフ用に書いていた独白をサルベージ。
これの対になる阿部さん独白バージョンを 『蕾』 で使いました ( 『あ、べくん と』 に収録)
08.02.10 up
つたない言葉たち
朝方の空の青と橙のグラデーションを見上げる。
靄の匂いを大きく吸い込んだ。
今日もきっと暑くなる。
「おーい、みはしー。瞑想するぞ〜」
三橋の背に、穏和のほうの副主将が声を掛ける。う、うんっ。今行くね、と答えて、てけてけと皆の輪に加わる。入ったところのとなりの人物を見てドキリとした。
瞑想の前の三橋は大体いつも緊張している。それはとなりの人物によって緩和されたり極端にひどいものになったりする。
「ん」
何の躊躇いもなく差し出された手に驚いて、ビクリと手が竦んだ。
「……」
黒い双眸がキッと三橋を射抜く。
(ううっ)
阿部の眼差しの強さに、三橋はたじろぐ。琥珀の眸がうるるっと潤み掛けて、三橋のそんな様子に、阿部の眸は傷付いた色に変化した。
「…手ェ貸せ。繋がなきゃ瞑想にならねーだろ」
胸の痛みはグッと堪えてなるべく平静を装う。ほとんど抑揚のない声になってしまい、やべ。平静に気をとられ過ぎた、と思った。これでは余計怒っているように聞こえただろう。きっとまた三橋を怯えさせてしまった。
激しく自己嫌悪に陥り掛けたが既に行動に起こしてしまったので、後には引けなかった。
ええいっ、と三橋の手を乱暴に引っ掴む。
三橋はやっぱり泣きそうだったけど手を振りほどこうとはしなかった。
そこに阿部はほんの少し安心して目を閉じた。
冷たい三橋の手と違って阿部の手は温かだ。
だからこそ三橋は余計に申し訳ない気持ちになる。
(…おれは、いっつも阿部くんにもらってばかり、だ)
温もりだけじゃなくて、居場所もマウンドも嬉しい言葉も全部全部阿部に貰った。でも自分は何ひとつ返せない。
出来ることなんて阿部を怒らせるくらいだ。
(おれ、ヤなやつ、だ)
せめて温かい阿部の手を冷たくしたくなくて、三橋は瞑想の時間が終わることを早く早くと願ってしまっていた。
5分経って三橋の願い通り二人の手は離れることになった。
ほっと息をついた三橋に、阿部は気付いてしまう。
(なんでだよ…)
握り締めた手のひらにギリと爪が食い込む。アップ始めっぞーと花井の声がして、でもそれは近くから発せられている筈なのに何処か遠く聞こえた。
「…おい、三橋」
花井の元に集まるチームメイトを追う三橋を呼び止める。
琥珀の眸と一瞬だけ視線がかち合ってすぐ逸らされた。
合わない視線なんていつものことだ。でもこのときの阿部はそう割り切ることが出来なかった。
「…お前!オレと手ェ繋ぐのそんなに嫌か!」
他のやつのときはそんなんじゃねーだろ!とグラウンドに阿部の声が響き渡る。荒い声に手を握る前よりビクンと体を竦ませて、三橋の顔は見る見る青褪めていった。
「ひっ…!ち、ちがっ」
カタカタ震えながら左右に首を振る三橋が可哀相なくらい怯えている。阿部はハッとして、自分の頭を掻いた。
頭に昇った熱を少しでも冷まそうと、ふ、とひとつ息をつく。
「じゃあ、 …なんで?」
今度は普段くらいの声量で聞けたと思った。突っ撥ねた言い方であったことは否めないが…。
「ちっ、違う。違くて…お、おれ、阿部くんの手っ…」
阿部くんの手冷たくしたくない、と最後のほうは消え入りそうな声で応えた三橋に、阿部は眸を大きく瞬いた。
「おれっ、おれは阿部くんに、いっつも貰ってばっかだ、から」
だから自分も彼に応えたくて、ひとつでも想いを優しさを返したくて、でも手を冷たくさせてしまうことしか出来ないなんて、哀し過ぎて情けなくて自分がとても嫌になる。
「ごめ、ごめん、なさいっ…」
阿部に怒鳴られた直後の三橋が心のうちを全てさらけ出すのは無理だった。想いは言葉にならず消えていく。
ただ謝罪を繰り返す三橋に、ぱたぱたと落ちてグラウンドに吸い込まれていく涙に、阿部はそっと手を伸ばす。
「…顔上げろよ」
出来るだけ優しく告げて、頬を拭って抱きしめる。
「怒鳴ってごめん」
色素の薄い髪を撫ぜて、こめかみに唇を当てた。
「あ、べくん…」
三橋は、きょとん、と大きな眸を瞬いて、また新たな雫が頬を伝い落ちた。その涙が阿部の練習着を濡らしたことに、慌てて身を引こうと阿部の肩を押し返す。でも強い力で抱きすくめられていたのでビクともしなかった。
「阿部くんっ、阿部くん、服濡れちゃ…」
「そんなんいいから」
尚も暴れる三橋をもっと抱きしめる。抵抗が無くなるまで阿部は三橋を放さなかった。
「なぁ三橋…」
ようやく三橋の抵抗が止んで、阿部はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。伝われ。たとえ上手く届かなくとも少しでも伝われ、と強く思いながら。
「お前はオレに貰ってばっかって言うけどほんとうはオレのほうが貰ってばっかなんだぞ」
「ふ、え?」
「手が冷たいのだってべつに良いんだよ」
―― お前の手ェ温かく出来るやつがオレならホント嬉しいし
小さく告げる阿部に、三橋の涙腺は決壊してしまった。
「あべくっ、あべくん、 ひっく…」
「ば、泣くなよっ」
大粒の涙に慌てて、泣くなーとわしゃわしゃ柔らかい髪を撫ぜまくる。
「阿部くんっ」
「あ、なに?」
「く、くすぐったいよ?」
くしゃくしゃの髪もそのまま、ようやく僅かに微笑ってくれた三橋に、阿部の心は満たされる。
ほんとうはこんなにも簡単なことなのだ。
でも二人はまだ始まったばかりで、まだまだ届かない想いばかり抱えていて、ちゃんと歩み寄って話をしなければ前に進めない。
そう思うから、
「やっぱりお前はオレに嬉しい気持ちたくさんくれてるって」
つたない言葉にありったけの想いを託して、最上級の笑顔を今日も君に ――
[ end ]
アベミハ
オフ用に書いていたんですがどうにも思ったように書けなかったので (にしうらメンバー途中で消えてますし…)
でもせっかく書いたし勿体無いか (?) と貧乏根性丸出しで、サイト救済してみました。
しかしわたしはミハ子に阿部さんの名前をひらがなで呼ばせるのが好きらしい。
07.08.20 up
秘密
AM 5:00 少し前の部室で机に突っ伏している色素の薄い茶色の髪を見つけた。
すぴょすぴょと幼い寝息。
走っているときや慌ててキョドっているときにふわふわ揺れるその髪に手を伸ばす。
柔らかくて気持ち良い手触りに手が離せなくなる。
でもオレがほんとうに手放したくないのはきっとこいつ自身。
「三橋…」
宝物のように思える名前をそっと呼んでみる。
「あべくん…?」
寝惚け眼で顔を上げる三橋に、おはよ、と声を掛け覚醒を促す。
オレの葛藤を知らない三橋は無垢な眸にオレを映し出して、あどけなく微笑ってくれる。
初めて出逢ったあの春の日に密やかに芽吹いて、
三橋の表情、言動、全てを糧に萎れることなく成長して行く感情 〈それ〉 にきつく蓋をして、
「ほら、もうすぐ練習始まるぞ」
「うんっ」
今日もまたいつも通り振る舞うしか出来ない。
[ end ]
阿部→三橋
片想い中の阿部さん。三橋バージョンも書いてみたいです。
07.08.07 up