負けない花
かの西浦高校硬式野球部エースは、
どれだけ他人にひどいことを言われようと自分から言い返すことはない
他人に嫌われるのが怖いから?
他人を傷付けるのは嫌だから?
ああ、わかるよ。わかるけど!
でもならお前は傷付いても良いのか?
お前の傷は手当てもなしに膿んでいくのをそのまま放置か!
そんなの間違ってんだろ!
「うっ あ、あべくっ…」
思わずまた怒鳴っちまって、琥珀の眸がうるると潤む
…しまった
泣かせたいわけじゃないのに
「…わり」
ただお前の傷跡はまだ完全に癒えることまで来ていないだろ
そう思うとなんとかしたくて
でも過去のことなんてどうもしてやれない
オレは自分の手をぎゅうと力いっぱい握り締めるしか出来ない
それが悔しくて悔しくてオレはどうしようもないんだ
「阿部くん、オレ だいじょぶだから」
そんな思考の濁流に飲み込まれていると三橋がそっと声を掛けて来て、
「い、今はねっ みんながいて、阿部君が心配してくれるからダイジョブ」
阿部君は優しいねってあのふにゃとした笑顔で言ってくれて、
(ああ、もうホントによ。優しいのはお前だろ…ばかやろう…)
喉までせり上がった言葉をグッと飲み込んだ
手のひらに爪が食い込む勢いで握り締めていた指を解いて、三橋の手をそっと包み込む
たとえ過去のお前に何も届かなくても現在の三橋の手を温めてやることはオレにも出来ると思ったから
(…あれ?あったけぇ)
オレの予想と違って温かだった三橋の手にハッとする
意外だ、と思ったのが顔にもそのまま出たのだろう
三橋は照れたように頬を染めながら、でも存外はっきりとした声で、
「うんっ だって あべくんがいるから ね」
こっちが泣きそうになっちまう言葉をオレに届けてくれた
[ end ]
アベミハ
雰囲気重視。芯がより強いのは阿部よりミハだなと思います。
過去に届かなくても阿部君は‘これからの倖せ’をミハにいっぱいあげれば良いよと思いながら。
07.07.06 up
天使のまどろみ
柔らかい髪が頬を掠める。
肩にじんわり伝わる温もりもくすぐったい。
くうくうとあどけない寝息に、ああ、この時間を壊したくない、と心底思ってしまうのだ。
練習試合帰りのバスの中で阿部は石像のように固まっていた。
動けない理由は、阿部の肩に凭れ掛かり幼い寝息をたてている泣き虫投手を見て推して知るべし!
「おーい!阿部〜」
そんな阿部に近付く勇者がひとり。田島である。
お前もゲームやんね、と声を掛けて来た彼を阿部は半目で睨み付けた。
べつに誘ってくれたことを怒っているわけではない (状況見ろよ!と思わなくもないが)
田島の声量に問題があったのだ。
「ばっ、静かにしろ…!」
慌てて人差し指を口に宛がう。
いや、お前の声のほうがでけぇ!とツッコミながら田島は阿部の反応に一瞬だけキョトンとした。
「あれっ?三橋、寝ちゃったのか?」
窓際側のバスの振動に合わせてふわふわ揺れる色素の薄い頭を眺める。
「ああ、だからオレはパス」
阿部は小声で言いながらお前も早く席に戻れ、と軽く手を振った。
田島は口を尖らせ、つまんねーと言いたげに三橋を見た。
「な、なんだよ」
いつも突拍子もないことを仕出かす (その度に花井の頭痛と胃痛を悪化させている) 四番打者の視線に、まさか無理やり起こす気じゃねぇだろうな、と阿部は思わず身構えた。
「阿部ー」
「お、おう?」
つうと額に汗が滲む。
「お前、動かないんだな」
「………は?」
‘動けない’ではなくて‘動かないんだな’と田島は至極真面目にそう言った。
まったく予想していなかった展開だ。阿部の頭と舌が上手く回らなくなる。
「…あ、ああ」
返答に大分間が空いてしまったが田島はさして気にした様子もなく、
「わかった。邪魔しねーよ」
ニッと明るい笑顔を見せて、前の席のチームメイトたちの輪に戻って行った。
三橋が起きるから動けないじゃなくて、三橋を起こしたくないから動かない。
(近いんだけどちょっと違うよな)
「…あ、べく……」
自分はきっと寝言に自分の名を呼んでくれる天使のまどろみを壊したくないだけ。
[ end ]
アベミハ + 田島
わたしはそんなにアベミハに田島っちを絡めたいのか!
うーん、しかし毎度花井キャプが出せませーん。名前だけ出演かい。
07.07.03 up
ストレートにはまだ早い
「なぁなぁ三橋〜!」
三橋は自分からすれば眠気を催すアイテムでしかない教科書と格闘していた。そんな彼の背中にチームメイトの四番打者が飛び掛かる。
「うお…あっ!…たじまく…お、もっ…」
たじっ、田島君、重たいよぉ!と訴えたいのだが三橋の口から言葉がすらすら出て来る筈もない。
田島は、う、う、と小さく呻く三橋の様子に気付き、おおっ!ごめんなーと少し体をずらしてやった。
はふ、と胸を撫で下ろす三橋の顔を肩越しから覗き込む。
「みはし〜」
ニヤ〜と笑う田島の表情 〈かお〉 はいたずらを思い付いた悪ガキそのものだった。
+ + + +
さてそして放課後である。今日もくたくたになるまで練習をした。
いつも帰宅時には自転車を押しながら半分くらい眠りの世界にも船を漕ぎ掛けている三橋だが今日は違った。
琥珀の双眸がぱっちり開いている。足下とか信号とか車とか自転車とか変質者とか!とにかく夜道には危険がいっぱいだから、せめて目くらいしっかり開いていてくれないと困る阿部としては、とても安心出来る傾向と言えるが…。
(…なんかあったのか?)
常とは違う、最高の投手兼愛しい恋人の様子に、阿部は軽く首をかしげた。
「…あ、べくんっ」
その視線に気付いた三橋がふにゃと微笑って口を開く。
「どうした?」
癖のある髪をくしゃりと撫ぜてやりながら問い返す。
「あのっ…あ、のね」
「うん」
このスローペースの会話にも大分慣れて来た (慣れるしかないとも言う)
「きっ、きょうの休み時間に、田島君に…」
辛抱強く次の言葉を待っていた阿部に三橋は意外な人物の名前を発した。
(田島だぁ…?)
どうにも嫌な予感がして来た。
「 『おまえ阿部ともうやった?』 って聞かれたん だっ」
「んなっ!?」
阿部の予感は見事に的中した。田島ァァ!明日ぜってぇ殴る!と固く固く心に誓う阿部だった。
「あ、の…おれ達ってなんかやってないといけないのか、な?」
当然阿部の怒りの矛先と明日の田島の命運など露知らずの三橋は、何すれば良いのかな、とあどけなく質問を続けて来る。おま、無防備過ぎ!と心で叫びながら阿部は一度大きく深呼吸をした。
頭を冷やさなければ、じゃあ今からお前ん家に行っても良い、と口走ってしまいそうだったからだ。
「あーっ…えっとな」
コホンと小さく咳払いをひとつ。
興味津々の眸でキラキラと自分を見上げて来る三橋の腕をとり軽く引く。
わわっ、と一歩踏み出し阿部に近付く形になった三橋の頬に掠めよう口付けを送った。
「うわっ、 ぁ、っ、あ…」
顔を茹蛸のように染め上げながら金魚のように口を開閉する三橋の額に己の額をコツンと合わせる。
「つまりこういうこと。意味わかったか?」
もちろん田島はもっと先の行為をさして言ったわけで、もちろん阿部もそれは理解しているわけで、でも三橋にそこまで出来るか、と問われると 『No』 としか言えないわけで…。
少なくとも今は、まだ。
未来 〈さき〉 はどうなるか分からないが。
「あ、あべくんっ」
火照りっ放しの頬に、おいおい。大丈夫か、と心配を含ませ聞いてみる。三橋はコクコクと何度も首を縦に振った。
「阿部くんっ、 いっぱいしよう、ねっ」
バカ野郎!そんなに頭振るなって、とやっぱり心配性の阿部の耳に届けられた言葉は、この可愛い可愛い恋人に、とんでもないことを吹き込んでくれた四番打者にうっかり感謝したくなる威力を持っていたと言う。
[ end ]
アベミハ + 田島
田島っちが出したくて (え、それだけか?)
ちなみに元ネタはうささんに頂きました。ありがとう御座います♪
そのままのネタだと花井も一緒にいて阿部と二人で 「田島ァァァ!おまっ、三橋に何吹き込んでやがる!」 って感じの展開だったのですが (笑)
07.07.01 up