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OOFURI

 ダークシークレット

 ざあざあ雨の降り頻る通学路で、メル、メルメルルと榛名が携帯を左手に、傘を右手に、
 なんだか危なっかしいなぁ、と思っていた。

「うおっ!」
「ああっ!」

 なんで悪い方の予感って的中してしまうんだろ。
 榛名が立っていた場所は、チャリ通学のときは使わない近道の石畳の階段を上ったところだったから
 余計手に負えない。
 コンクリートと石段にぶつかりながら大きな水溜まりに落ちた赤い携帯電話と、
 傘を放り投げ、段差を二つ跳ばしで、まさに飛ぶように階段を駆け下りていった榛名。
 投げ捨てられた傘を拾って、その後を慌てて追い掛ける。

「や、や、や、やべー!やばい!データ吹っ飛ぶ!?なあデータ消えちゃうよな!」

 水浸しのうえに傷だらけにもなってしまった携帯を手に、大慌てで早口に捲し立てる榛名を見て、
 そりゃ榛名だからなー。アドレスなんか控えているわけないよな、と合点がいった。

「ちょっと待って榛名!落ち着けって!電源は?入りそう?」

 パニックに陥っている榛名の肩をたたいて、傘を半分傾けてやりながら、いっしょにディスプレイを覗き込む。

「…………無理。うんともすんともいわねぇ」

 真っ暗な待ち受け画面に最初は肩を落として、でも次の瞬間には、この携帯やわ過ぎじゃね!と
 逆ギレを起こしている榛名の頭を、自業自得だよ!とちょっと強めに小突いて、携帯ショップに向かった。


 +    +    +    +


「あーもうすっからかんじゃねーかよ」

 財布の中身と、新しい携帯を交互に見やって、どんより落ち込む榛名の背をたたく。

「はいはい、ヘコまないヘコまない」

 過ぎたことをいっても仕方がないだろ、と慰めて、

「ほら、これ送ってやるから」

 自分の携帯のアドレス帳に入っているデータを送信する。
 えーと…とりあえず武蔵野の野球部関連のものと、中学時代のやっぱり野球部関連のものかな。
 俺のに入ってないやつのはガッコで聞きなよ、といえば、榛名は新しい携帯を慣れない手付きで操作しながら、
 ちいさく呟いた。

「………あーあ、消えちまった」

 ほんの少しだけ淋しそうに聞こえたその言葉に、誰のアドレスが消えたの、と聞こうとして口を噤む。

 ……誰の、

 俺が知らない榛名の友達は、そりゃいっぱいとまではいかなくてもそこそこ居るんじゃないかと思う。
 けど何故かそのときの榛名の反応は俺の心にひどく引っ掛かった。

「…まあ、もうかけることねぇんだけど」

 でもなんか消えると勿体ねェ気がすんな、と榛名は笑う。
 その表情は上手く隠しているものの結構落ち込んだときのものだった。
 長い付き合いゆえにわかってしまうのが今はせつない。

「ねぇ榛名」
「んー?」
「…誰のが消えたの?」

 わざわざ聞いたりしなきゃ榛名の心の奥のほうにある ―― 鈍いから本人も気が付いていない真実を
 見なかったフリも出来るのにさ。俺も大概バカだ。

「あー……タカヤ。シニアのとき組んでたオレのキャッチ」

 もうかけないのにな。なんかずっと消せなくてよ。オレ貧乏性なんかなーと首を傾げる榛名を見て、
 やっぱり聞かなきゃ良かったと思いっきり後悔した。

「…それって貧乏性とは違うんじゃない」
「あ、そうなのか?」

 え、じゃあなんだよ? と榛名が聞いてくるので、

「教えてやらない」

 そっぽを向いてさっさと歩き出した。

「はぁ!?秋丸、てめ、なんだよそれっ!」

 俺の背に、ぎゃん、と噛み付いてくる榛名を振り切るように、歩調を早める。

 消せない理由なんて簡単過ぎだ。
 消せないんじゃない。消したくないんだ。お前、その子のこと好きだから ―― …
 榛名の中には好きか、嫌いか、どうでもいい、の三つしかないだろ。
 だから消さないのは好き以外にありえない。
 もっともそんな真実には、ずっとずっと気付かないままでいい。

「なっ、なあ待てって! …秋丸、なんか怒ってんの?」

 俺に追い付いた榛名が右腕にしがみついて来た。
 足を止めないわけにはいかなくなる。
 コンクリートを見つめて (いや、ほとんど睨んでいたかもしれないけど) 視線を横に向ける。
 ちょっと焦ったように眉を八の字にしている榛名がいた。

「榛名」
「な、なんだよ」

 柔らかい唇に、唇を押し付けて、すぐにパッと離す。

「な、なっ、おま、お前ホントになんなんだよ!」

 ぼひゅ、と赤面する榛名。可愛いな。

「あ、うん。別に怒ってないよって言いたかっただけ」
「ふ、普通に言えよなぁ!」

 ビビって損した〜と脱力する榛名に、もう一度今度は長めにキスをして、

 ―― 榛名、オレはもうお前を手放したくない。手放さない。
 そんなの三年前だけで十分だから。

 腕に絡められた左手を辿り、指を絡めて、携帯が壊れて良かった、と財布の中身が寂しい榛名には
 ひどく残酷かもしれないことをそっと思った。


 [ end ]
アキハル
なんか秋丸さん黒い気がしなくもないです…。いちおう灰色くらいなイメージで。
ほんとうはアキハル→タカヤっぽく書こうと思ったのに挫折した話。
榛名は無意識にタカヤ好き好きオーラ出して秋丸が密かにもやもやしていればいい (おい)
07.10.27 up