ちらりと視線を携帯のサブディスプレイに走らす。
時刻を確認して、今度は机を挟んで対面側にいる彼を見る。
眉間にシワを寄せている彼が対戦相手のデータ表と睨めっこを始めて既に10分以上経過していた。
(そろそろかな…)
予想を立てる。その考えは見事的中した。
「だーもうっ!飽きーた!」
わめいて、野球を始めてからずっとオレのエースである榛名元希はデータ表を放り出し机に突っ伏した。
榛名は文字や数字の羅列を見るのを嫌う。
本人曰く眠たくなるそうだ。
だから勉強が嫌いだ。教科書も嫌いだ。もちろんデータ表も嫌いだ。
高い集中力を持つ榛名。勿体ないなぁと思う。
でもその反面、野球以外にその力を発揮させない彼がとてもらしくて誇らしい。
突っ伏したままうーうーと獣のように唸る榛名の旋毛を見つめて、そんなことを思った。
「…うーうー」
「はいはい、日本語喋ろうね榛名」
今回も例に洩れずだなーと思いながら、やれやれ、とため息をひとつ。
投げ出された榛名の手を突っついた。
「ちゃんと覚えたー?」
「……んー多分」
気のない返事に肩を竦める。
でもまあ、榛名のことだから大体のデータはもう頭に入れたんだろうとは思う。
まだ抗議のように続く唸り声に、投げ出された彼の左の手のひらを表に返して、指の腹をくすぐるように撫でた。
「くすぐってぇ」
ようやく気分が浮上したらしい。顔を机に乗っけたまま榛名が微笑った。
ね、榛名
オレはさー
お前のこの手が 指が 腕が 肩が 首が 顔が 眼が 頭が 脚が 膝が
まあつまり頭のてっぺんから足の爪の先まで
何よりも大切だと思うよ
「って言ったらどうする?」
ちょっとふざけて告げようと思ったのに存外に真剣味を帯びた声音になってしまった。…あちゃー失敗した。
「……」
榛名はしばらく口を開けっ放しで固まっていて、せっかくの美形が台無しだ。
「アホか」
長い沈黙の後に返って来たのはそんな可愛げない言葉でちょっとガクッと来る。
「いや、けっこうマジなんだけど」
本気にとられないのは悔しいので、榛名の左手を持ったまま身を乗り出し、爪先に口付けてみた。
「な、ばっ!恥い!」
ぎゃああ!と騒ぎ出した榛名に、そんな楽しそうにしてると先輩たちが見に来ちゃうよーと呆れる。
すると右手で慌てて口元を覆って、馬鹿ヤロウ!楽しくねーよ!と榛名にしては随分小さく反論して来た。
おや、と首を傾げる。
「…先輩たち来ないほうが良い?」
「聞くなっ!馬鹿マル!」
オレの問い掛けに榛名の声の大きさはまた元のでかい声量に戻ってしまった。
可愛げのない返答に、こら!変なあだ名付けるな、と暗に含め榛名の額を小突いておく。
「いてっ!なにすんだよ!大事なんじゃねーのかよ」
額をさすりながら文句を言う彼に、
「大事にしてるだろー」
これでもか!ってくらい大事にしていると大真面目に返した。
実際オレは榛名にかなり甘いと思う。自覚済みだから傍から見れば益々どうしようもない感じかもしれない。
甘やかしてばっかじゃ駄目だってわかってんだけどなぁ。
「……良いじゃんか」
「へ?」
心の中で悩んでいると榛名がその考えを見透かしたかのように呟いた。
「だから良いじゃん。 …オレになら甘くて良いじゃんかよ」
両腕に顔を埋めながら小さく可愛いことを言う榛名の旋毛をまた見下ろす。
視界の端に映った放ったらかしのデータ表を手にとり、
目の前の艶やかな黒髪を撫ぜた。
「仕方ないね。甘やかしてやろう」
このデータ表は宮下先輩にお礼を言って返しておきますか。
ああ、でもさ
データ頭に入っていませんでした、て正捕手に怒られるのは、いくらオレでもフォロー出来ないからね。
「なにー!」
最後に釘を刺すのは愛ゆえだと思っておけよ。
[ end ]
アキハル
題名はよく見ると飴雨になっておかしいです。まぁフィーリングです(笑)
甘さが降るってイメージで付けてみました。
榛名は心を許したひとにはとことん甘えそうな気がします。
07.07.30 up