僕には好きなひとがいます。
そのひとは生まれたときからいつも傍らにいた、僕にとって唯一無二の存在で。
好きだよ、と言えば、俺も雪男のこと大好きだぞ! と眩しい笑顔付きで応えてくれる。
バカがつくほど単純で正直で、まっすぐで、でも、本当は誰よりも傷付きやすい、とてもとてもやさしいひとです。
そう、やさしいひとなんです…。
「あ、ぐ…ううっ…!」
浅い眠りの中、耳に届いた声に、ああ、またか、とぼんやり思う。
時折、兄さんは夜中にうなされる。
悪夢はきっと、あの日の出来事であろうことは聞かなくとも分かった。
掛け布団を跳ね飛ばして飛び起きたあとの、押し殺した嗚咽を聞けば、分からないわけがなかった。
「うッ……と、う…さん…」
小学校の高学年に上がった頃からかな…。
兄は神父(ちち)のことを『父さん』と呼ばなくなった。
そして、その替わりに『親父(ジジィ)』と呼ぶようになった。
そんな子供っぽい反抗期止めればいいのに、と何度も言ったが、ジジィなんかジジィで充分だ! と言ってきかなくって。
でも、きっと今は兄さんのことだから、もっと父さんって呼んでやればよかった、とかまた傷付いているんだろうな、と思う。
後悔のあまり足をとめたりするような性格ではないけれど、やっぱり兄さんは何処までもやさしくて傷付きやすいひとだった。
ぐしぐし、と嗚咽に鼻水を啜る音。
これで僕が気付かないと思っているっていうのも失礼な話だ。
僕はベッドから起き上がり、兄のベッドへと足を進めた。
ずびずび言いながら、俯いている一回り小さな体をぎゅう、と抱きしめる。
「へ? え? ゆきお…? お、起きてたのか?」
驚いて顔を上げる兄さんに、小さく頷いてから、
「ひとりで泣かないでよ」
そっと呟いた。
「雪男…」
「なんのために無理言って一緒の部屋にして貰ったのってなるだろ?」
戯れのように、てい、と真っ赤な鼻の頭をつまんでやる。
「ぶっ、やめっ! だ、だいたい、それは俺を監視するためなんだろ?」
ぶーと膨れっ面になる兄に、本気でそう思ってるの? と質問を質問で返す。
「いや、あんまり思ってない…かな」
「僕が兄さんを放っておけるとでも思ってるの?」
頬を擦り寄せてさらに追撃。
「…お、思ってねぇよ」
先程までの泣きっ面を今度は恥ずかしそうな桜色に変えて、兄さんはもごもご言う。
「なら、良いけど」
「もうっ、なんだよ」
僕は僕でなんだか兄さんをベタベタに甘やかしたい気分だ。
ついでに指も絡めて、もうほとんど圧し掛かるように擦り寄った。
兄さんは雪男くすぐったい、とか重い、とか文句を言いながらも、僕の背に腕を回してきた。
「べつになんでもないよ。ほら、狭いんだから、もっと寄って」
「え? お前のベッドあっちだろ」
「良いじゃん。昔はよく一緒に寝たじゃない?」
「ったくいつの話だよー」
睫毛が触れ合うほどの距離でじゃれ合って、
互いの体温を分け合って、
兄の悪夢が神父と過ごした幸福な夢になるよう、
そっと願った。
[ end ]
雪燐
燐たんを甘やかす雪男が書きたくて。
あとペタペタいちゃいちゃする双子が書きたくて。
もうこの双子、本当に可愛いです。
そして雪燐という響きがとっても綺麗で大好きです。
11.07.21 up