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BlurExorcist

花のベッドの眠り姫

 虚無界は光など溢れていなかった。

 ただ、あそこにしか咲かない草木や花があり、大地に纏わるものすべてがお前を愛していたな。

 ベヒモスを連れて、外に遊びに行っては何日も行方の知れないお前を迎えに行ったのも一度や二度ではない。

 …もう、200年も前の懐かしい話だ。





(……遅い)

 クッションのよくきいたソファーの上に腰を掛け、腕組みした先の指をコツコツと動かす。

 きっと普段ならば、あいつのほうがこう思いながら自分を待っている筈なのに。
 どうして今日に限って。

「…何処をほっつき歩いている。あの愚弟め」

 理事長の仕事を綺麗に片付けて、帰宅したファウスト邸。
 その日は珍しいことに纏わりついてくる出迎えがなかった。

 これはまた新しい食べ物でも探しに何処かに行ったな、と思い、さして気にしていなかった。
 そう、帰宅して少しの間は。

(もう日付が変わってしまうではないか)

 でも、これは頂けない。流石に遅すぎる。
 ああ、腹も減ったのに、とあいつを普段待たせることがあるのは、私の場合は仕事なのだし、あいつはお菓子をバリバリ食べているから、そこまで問題じゃないだろう、と棚上げしておく。

 とは言え、私もあいつも悪魔であり憑依している借り物の体だから、必要最低限の食事で事足りるのだけど。

 ただ、物質界の食事は美味であり、菓子は蕩けるように甘くて舌先だけでなく視界をも楽しませてくれる美しいものが多く、気に入っている。
 虚無界には無かったもの。あいつも食事に関しては気に入っているような節を見せていたな。

 ぼんやり考えて、もう一度、時計を見やる。
 やはり遅すぎる。
 意識を集中させて愚弟の気配を辿るが、微かな気配しか感じ取れない。
 苛立ちのまま小さく舌打ちをして、ソファーから立ち上がった。





 そうして、愚弟を見つけたのは学園近くの森の中だった。

 気配が微かなものになっていたのは眠りこけていたからで。

 蝙蝠傘型の使い魔から手を放し、コンクリートではない土の地面に降り立つ。

「ガルガル」

 くぅくぅと幼い寝息を立てているその隣にはベヒモスもいた。

「やはりお前も一緒だったか」

 本当に可愛がっているな、と少々妬けるような気さえしたが、この感情は悪魔らしくない。気のせいだ、と言うことにして蓋をした。

(とっとと叩き起こそう)

 空腹のせいかまったく紳士らしくない考えに到ったが、構わず足を進める。
 アマイモンを取り囲む周囲の異変に気付いたのは足を一歩、二歩と進ませてからだった。

「……?」

 星と月明かりだけが照らす、夜の闇の中、何か大きな違和感がある。

「なんだこれは…」

 ベヒモスがいる隣まで足を進めてから、違和感の正体はアマイモンの周りにだけ、沢山の草花が寄り添うように茂っていたからだと気が付いた。
 物質界の季節に沿った花もあれば、虚無界の植物まで少し生えているではないか。

 ―― まるで花のベッドのようだな…。

 物質界で感じる愉快さとはまた違った想いが湧き上がり、私は珍しくふっと純粋な笑みを浮かべた。

 さて、そろそろ本気で起こそうか。

「アマイモン」
「う〜ん……ベヒモス、そっちに行っちゃダメ…、です…」

 真上から呼び掛けると、寝惚けているらしくむにゃむにゃとわけの分からないことを言う。

「アマイモン」

 もう一度、今度は先程よりワントーン下げた声で呼んだ。

「…あにう、え」
「…やっと起きたか」

 寝汚いな。一体誰に似たんだ、と溜め息交じりに言葉を続けようとして、

「あにうえ、ボクを置いて行かないで、ください…」

 それを遮るように続いたアマイモンの言葉に思考が数秒間停止した。

 アマイモンの瞼はしっかりと閉じており、それは紛れもなくただの寝言だった。
 しかし、200年間放っておかれたこいつの本心でもあったのだろう。

 地を統べる王よ。
 こんなにもこんなにも大地に関わるもの総てがお前を愛していると言うのに、お前はそれでは足りないか。
 そんなにも私を求めるか。

 それはなんと言うか、

 ―― 悪くない、と思う。

 ああ、とても愉快で私は満たされるぞ、アマイモン。

 服が汚れるのも気にせず傍らに跪き、愚弟を守るように寄り添う周りの草花ごとその体を抱きしめた。

「ふぇ? あにうえぇ?」
「アマイモン」

 ようやく目を覚ましたアマイモンは起き抜けの思考回路で状況に着いて来れていない様子だったが、構わなかった。
 ぱしぱしと何度も瞬きを繰り返す瞳に吸い寄せられるように顔を寄せ、口付ける。

「んーっ……」

 気持ち良さそうな声を出すのに満足して、口内をたっぷり蹂躙してから、銀糸を引きつつ唇を解放してやった。

「…はふ」

 私だけが見ることの出来る、とろん、とした表情。
 そんなアマイモンを見ているうちに、ファウスト邸を出る前に感じていた苛立ちは綺麗に霧散していた。

「あにうえ、どうしてここに?」

 問い掛けには答えずに、少し踏み荒らしてしまった花の中、綺麗なものを一つ手に取り、深緑の髪に挿す。

「帰るぞアマイモン」
「ハイ、兄上」

 アマイモンの返事は相も変わらずな感情の乏しい表情に棒読みだったけれど、その小さな手を引いてやれば、碧の瞳はとても嬉しそうな色を滲ませていた。


 [ end ]
メフィアマ
Twitterでいつも素敵なメフィアマ話をして下さるハスノさんへ。
このあと、アマたんはファウスト邸でいそいそと花瓶にお花を挿すと可愛いなあ…って思います。
11.08.02 up