その日は珍しく一日オフだと話されていた兄上が、屋敷の何処にもいらっしゃらなかった。
蝙蝠の使い魔もいない。
従者に訊いてみれば、ボクが兄上の寝室で眠っている朝早くに出掛けられた。行き先は分からない、とのことだった。
うーん。
せっかく今日は兄上と一緒にいられると思ったのに…。
残念な気持ちを抱えながら、少しの間思案。
「ベヒモス、行こうか」
ボクの足元でグルグル懐いていたベヒモスに鎖を掛けてから、それを引く。
屋敷を飛び出した。
それから、兄上の好きそうな場所を廻ってみた。
休みの日に兄上が行きそうなところ…オタクショップを中心に、美味しいと評判のもんじゃ焼き店、部屋に飾られている調度品を扱う高級感漂いまくりなお店、メイド喫茶、兄上が好きそうな紅茶の葉を扱っているお店、などなど…。
結構沢山廻ったと思う。
それでも兄上は見つからなかった。
樹の上から正十字学園の街並みを見下ろしながら、ボクはうーん、と爪を噛んだ。
顔を上げれば、成果の上がらない捜索に、気落ちしているボクの気分を映し出したかのようなどんより空だし。
分厚い雨雲に覆われた空がポツリポツリ…と泣き出したところで、ボクはあっ、と声を上げた。
最後の心当たりに気が付いたからだ。
ベヒモスを引き摺る勢いで、辿り着いたのは墓地。
父上に憑依されながら、末の弟を護るために死を選んだあの神父が眠る場所。
「兄上、見つけました」
墓の前に立ち尽くしている兄上の背に声を掛けた。
「見つかってしまったか」
「かくれんぼじゃないですよ。困ったひとだな…」
いっぱい探したんですよ、と濡れた白いマントに抱きつく。
「いつも私がお前に困らされているのだから、たまにはいいだろう」
冷えた身体を温めるよう、ぎゅっと前に回してみた腕に兄上の手が重なった。
「また傘もささないで…。ダメですよ。帰りましょう」
蝙蝠の使い魔は、心配そうにこちらを見守っているだけで、兄上の頭上にはいなかった。
きっと兄上が嫌がったのだろう。
「…ふっ、まるでいつもと正反対だな」
兄上は少し愉快そうに言いながら、ボクの手を握った。
「ハイ?」
それにコテンと首を傾げる。
「いつもは私がお前を迎えに行くほうだ」
兄上は虚無界にいる頃のことを引き合いに出しているようだ。
懐かしい記憶を辿っていらっしゃる。
興味があることに夢中になりすぎて、しょっちゅう迷子になっていた子供のボクのことなんて忘れてほしいな、とちょっぴり思った。
ボクは軽く肩を竦めて、
「そうでしょうか? 兄上を追い掛けるのは大抵いつもボクですよ」
兄上と離れ離れだった長い長い期間を引き合いに出す。
「そうだったかな?」
兄上はとぼけた。
まぁ、そうくるだろうと思っていたけど。
「そうですよ」
ボクは確かに飽きっぽいからひとつの場所に留まったりしないけど、心はいつも兄上のお傍にしかない。
逆に兄上は居場所も、心も、何処にも置いていないし、掴めない。
ボクはそれがいつも…、
「イヤなんですよ」
―― 淋しいんですよ。
「…それは悪かった」
刺々しいボクの言い分にも、兄上は怒らなかった。
ただ、こちらを振り向いて、
「でも、それはお前の気のせいだ」
そう言った。
「…え?」
「私の心はここにある」
ボクの胸元を指差しながら、兄上は微笑む。
思わず見惚れるような、優しい表情で…。
「…ほんとう、ですか?」
「嘘などついてどうする」
「兄上はひとが悪いですからね」
じと、と見上げながら言えば、ククッと笑われた。
「嘘ではないさ」
それから、ぎゅっと抱きしめられて、
「迎えに来てくれてありがとう、アマイモン」
耳元でそっと響いた言葉は、兄上の本心なんだろう、と思った。
「何度でも来てあげます」
だから、ジト目を止めて、ボクも微笑ってみる。
兄上はボクの頭を撫でてから、蝙蝠の使い魔に手招きをした。
ようやく兄上の頭上に咲いた、冷たい雨を遮るピンク色の傘に少しホッとする。
「アマイモン、おいで」
「ハイ、兄上」
呼ばれて、素直に抱きつく。
相合傘でついた帰路がボクはとてもうれしかった。
[ end ]
メフィアマ
【雨が降ると、あなたが囁くように泣いている気がして】
雨とアマたんと兄上のシリーズ。
12.01.29 up