その腕は甘い檻
兄上兄上、物質界はお好きですか?
コテンと首を傾げてそう問うてきた弟に、ああ、と肯定の返事を一つ。
じゃあ、ボク、物質界を、日本を勉強してきますね。
そう言って姿を見せなくなってからは、二日ほど。
弟を物質界 (こちら) に呼び寄せてからと言うもの、
あいつの定位置になっているソファーを見やるのは本日、三度目。
「はぁ……」
溜め息はもう数え切れない。
(と言うか、何故私があいつのことでこんなに悩まなければならないのだ…)
何処かで問題など起こしてはいないだろうな、と考え心配し、気が付けばイライラ。
最後には、仕事にならん、と手にしていた書類を机の上に放り投げた。
特注の椅子から立ち上がり、カツカツと歩を進め、扉の前。
無限の鍵を手にする。
するとその瞬間に、馴染み深い気配を思いのほか近くに感じ取った。
内心慌てて鍵を仕舞うと、計ったように目の前の扉が開かれる。
視界の先には緑のトンガリ頭。
碧の双眸。
青年にはまだ届かない幼い顔立ちの弟が立っていた。
「兄上、入ります」
「おそい!」
感情の乏しい抑揚のない声に、私の荒げた声がほとんど重なる。
「あにうえ?」
「遅い…」
きょとん、と驚いたように瞳を瞬く姿に、もう一度同じ言葉を繰り返し、その細い腕を引っ掴んだ。
「わっ!」
弟がこちらに倒れ込むほどの勢いで強く引き寄せて、そのまま抱きしめた。
数秒間 (いや、正確な時間にするともっと長かったのかもしれない。弟のことで頭がいっぱいの私には分からなかったが) ぎゅう、ときつく抱擁して、ようやくイライラが治まる。
「…兄上、苦しいですよ」
「…苦しいだけか?」
他に何か言うことは?
胸元に抱き込んだ顔を覗き込めば、弟はクスリと珍しい微笑み方をして、真っ直ぐに私を見上げた。
「兄上、ただいま戻りました」
「ああ、おかえり」
―― 私の愛しい地の王。
弟は私の檻 【腕の中】 で、倖せそうに微笑んだ。
[ end ]
メフィアマ
珍しく兄上→アマたんのお話。アマたんが好きすぎる兄上もだいすきです。
タイトルは腕と書いて、かいな、と読んでやってください。
11.12.20 up