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BlueExorcist

触らないで、それはボクの愛しいひと

 ※原作、黒猫より少し前の時間軸のお話


 オレンジ色の携帯電話が鳴り、呼び出された場所にいたのは兄上ではなかった。
 ボクを待っていたのは兄上の部下の人間。

「これを」
「これは?」
「フェレス卿からだ」

 眼帯の人間はそれだけを言い、ボクの手のひらに鈍く光る鍵を置いた。
 それをジャラリと鳴らして目の高さまで掲げてみる。

「アリガトウゴザイマス」

 兄上からの呼び出しなのに、会えたのが兄上でなかったのはツマラナイと思ったけど、これでボクは最初は入れなかった兄上の学園に自由に出入りできるようになったらしい。
 人間が去ったあと、物質界の明る過ぎる星空の下で口角をツリ上げた。

「ガルゥ?」

 機嫌の良いボクに気付いたらしいベヒモスが腕の中に飛び込んでくる。不思議そうにこちらを見上げていた。

「ベヒモス、明日はきっと兄上に会えますよ」

 可愛いベヒモスをぎゅっと抱きしめて、今度は口元だけではなく目元も綻ばせてみた。




  ■     □     ■




 そうして、その次の日のことだ。
 早速、適当な扉の鍵穴に兄上から頂いたものを差し込み回す。

 正十字学園は放課後と呼ばれる時間帯だった。

 ボクは兄上の元に行きたいと思いながら鍵を回した。
 そのため、近くに兄上がいるだろうと言うことは予測がつく。
 しかし、だからと言ってここが学園のどの辺かは分からない。
 初めてきた場所だし。
 ボクはキョロリと辺りを見回した。

「てめぇ、メフィスト!」
「奥村くん、耳元で叫ばないでください。うるさいですよ」
「お前がそんな姿だから、仕方ねぇだろ!」
「しかもてめぇ、ってなんですか? 貴方、いちおう私の保護の下、生活出来てるんですから、もうちょっと態度改めてください」
「月二千円っぽちのお小遣いしかくれねぇくせに何言ってやがるー!」

 片方は聞き覚えのある、いとしい声。
 もう片方はまったく知りもしない、耳障りな声。

 ボクは声がする方向へと視線を動かした。

 視線の先にいたのは、丁度、犬の姿から人間の姿へと変身を解いた様子の兄上と、見知らぬ人間…いや、半分だけ悪魔の気配を持つ人間だった。

 黒髪の人間がきゃんきゃんと兄上に噛み付く姿を見たボクの胸には、ざわり、とドス黒い固まりのような感情が込み上げる。

 気が付けば、衝動と感情のままに兄上の背中に突進していた。

「だいたい、奥村くんは……って、痛ったー!」

 力加減も無しに体当たりしたボクに兄上がらしくない悲鳴を上げる。

「へ?」

 背の高い兄上の身体が邪魔になって、人間のほうにはボクの姿が捉えられないようだ。
 兄上の背中の白色でいっぱいのボクの目にも人間の姿は映らないので (べつに見たくもないし) 人間の素っ頓狂な声だけが聞こえる。

(あたたかい…)

 ボクは頬擦りして兄上の背中に抱き付く力を強めた。

 おそるおそる首だけでこちらを振り返った兄上が驚いたような、それでいて、もう気配で分かっていただろうから、盛大に眉間に皺を寄せると言う、頭の痛そうな表情をした。

「な、なぁ、おい、メフィスト。どした?」

 人間の少しうろたえた様な声。

「あ、いえいえ、迷子みたいなのでちょっと他の先生に引き渡してきますね」

 兄上はマントをひるがえし人間の視界から器用にボクは隠しながら、踵を返す。

「それでは、また☆」

 兄上の声と共に、ポポンと魔法が発動した。

 ボクに嫉妬と言う感情を抱かせた人間が、件の末の弟だとボクが知るのは、もう少し後のこととなる。




  ■     □     ■




 白い煙に包まれた視界が良好になったとき、ボクが立っていたのは学園の中庭 (と呼ばれる場所だったらしい、あそこは。これもあとで知ったことだが) ではなく、兄上の屋敷の中だった。

 高級そうな調度品で揃えられた部屋の中、机の上に並べられた玩具だけがファンシーだ。

「!」

 と暢気に部屋の感想を抱いていたら、身体にもの凄い衝撃が走った。
 ぼーっとしていたボクはそのまま壁に激突する羽目になる。
 兄上に蹴り飛ばされたのだと認識出来るまで、少しの時間を要した。

「うっ……げほっ…」

 兄上は手加減無しでボクを蹴り飛ばしたらしい。
 だって身体がしばらく動かなかった。
 打ち付けたそこら中が痛い。
 中でも特に強かに打ち付けた後頭部に手を回すと、ぬるり、と濡れた感触があった。
 血が出ている。
 こういうとき、人間の憑依体は不便と言うか、脆過ぎていただけないと思う。

「一体どういうつもりだ!」

 そして、もの凄く怒鳴られた。
 この学園での兄上の立場を考えれば当然といえる。

「……」
「答えろアマイモン!」

「……ごめんなさい」

 すみません、と答えようと思ったのに、口から出たのは何故か幼い頃の謝り方だった。
 どうしてかボクにも分からないけど、物資界にきてからと言うもの、感情が上手くコントロール出来ない。
 兄上に会えると思って急に嬉しくなったり、やっぱり兄上じゃなくて落胆したり、兄上がボク以外の、しかも人間と話していてむかむか凶暴な気持ちになったり、視界いっぱいの白に心底満たされたり…。
 ほんとうにわけが分からない。
 いったいなんなんだろう、これは。
 人間の体に憑依しているための代償なのか。
 分からないけど、凄く疲れる。

「…アマイモン?」

 ボクの様子がおかしいことに兄上も気が付いたらしい。

 激突した壁から一向に動かないボクの前までやってきた。
 俯いた視界の端にブーツの爪先が映る。

「……本当にどうした? 黙っていては分からないぞ」

 跪いて、そっと頬に伸ばされた手にまた胸が騒がしくなる。

「兄上、ボクは…」
「ん?」
「…虚無界に、帰りたい…」

 ボクがそんなことを言い出すとは夢にも思っていなかったのだろう。
 兄上はただただ瞳を丸くした。

「アマイモン、それは…」

 もう怒ってはいないらしい兄上が今度は困ったような表情をする。

 ああ、違う。
 そんなお顔をさせたいわけじゃない。

「ちがう、違うんです…。兄上と帰りたい…」

 わけの分からない感情といっしょに、ぶわり、と視界が滲み出した。
 驚いた様子の兄上に両腕を伸ばす。
 白いスーツにぎゅう、としがみついた。

「兄上、ボクは変です…」

 目から水は出るし、とぐずぐすの鼻も鳴らす。

「なんですかこの水は…」

 人間の体なんて嫌いだ、と涙と呼ばれるらしいそれは兄上のせいじゃないのに子供のように駄々をこねた。

「アマイモン」

 兄上はやっぱりもう怒らなかった。
 ただ、優しい抱擁が降ってくる。
 背中もぽんぽんと何度か擦られた。

「私は虚無界には帰らん」

 それから、耳元で響いたのはボクの望む言葉ではなくて、逆にボクを絶望に突き落とす言葉。

「そのかわり、今日は私の部屋で待っていろ」

 それでも、その先に続く言葉が絶望 (ソコ) からボクを救い上げて、

「虚無界へ共に帰る…。その願いは叶えてやれないが、その代わりにうんと可愛がってやろう」

 優しい指先が目から溢れる雫をさらっていく。

「ぅー……」
「嫌か?」
「いやじゃない、です」

 質問にブンブンと首を振る。

「イイコだ」

 すると今度は目尻にくちびるを押し当てられた。
 そのまま目から出る水をちゅっと吸われて、頬がなんだか熱くなる。

「真っ赤だな」

 クッと喉で嗤った兄上がボクの傍らから立ち上がった。

「では、また後でな…」

 ―― 私の可愛い地の王 (アマイモン)

 ボクの脳に兄上のあまいあまい呼び声だけが強く刻まれた。





 学園に戻られた兄上の屋敷に一人。
 ボクも兄上を呼んでみる。

「あにうえ…」

 兄上に触れた、そして触れられた憑依体を抱きしめる。
 やっぱり人間の体なんて嫌いだけれど、兄上が抱きしめてくれたこれはもう手放せないな、と思った。


 そしてその日の夜、ボクは物資界の明る過ぎる月明かりの下、兄上の腕の中で絶対にこの体を手放せなくなる甘い夢を見せて貰うのだ。


 [ end ]
メフィアマ
アマイモンが見せて貰う甘い夢=セックス。
脳内ではちゃんと、メフィ→→←←アマって構図なんですが、書くといつもメフィ←アマにしかなりません。
11.11.12 up