しいキスと偽りの愛


 全員に、平等に、そんな優しさなら欲しくない。
 望むことはただひとつ。
 その瞳がぼくの姿だけを映せば良い。

「スティングは優しいんだからなぁ…」

 激しい情事の後。
 気だるい四肢を投げ出して、ぼぅ…と天井を見つめていると、隣で膝を抱えて座っているアウルが口を尖らせた。

「優しいと不満か?」

 ころん、と寝返りをうって、上体を起こすと、細い肩を抱き寄せる。
 アウルはオレの肩に頭を傾けて、ぼんやりと言葉を続けた。

「フマンじゃねーよ。ただ…」

 途中で言葉を濁すので気になって顔を覗きこんでみると、
 其処には拗ねている様な
 でも、それでいて少し淋しそうにも見える表情をしたアウルが居た。

「ただ?」

 続きを言うように促してやると、まんまるのアクア色の瞳が此方を見上げる。

「なんか嫌なんだよ」


 スティングの優しさは全員に、平等に、特別な存在なんか居ないんだろ?
 でも、優しくされると勘違いしてしまうから
 そうしたら後で淋しくなるから…それがとても嫌だ。


 アウルの瞳はオレを見ているのに、何処か遠くを見つめているようだった。

「嫌って何が?」

「それくらい自分で考えろよ」

 首を傾げて問うと、アウルはあっかんべーと舌を出してオレの腕の中から抜け出した。
 床に散らばっていた自分の服を拾い上げて、手早く着込むと、オレを振り返る。

「そんじゃあ〜ぼくは部屋に戻るから」

 先程の淋しそうな表情は微塵も感じさせない何時もの悪戯っぽい笑顔。
 ひらひらと軽く手を振って、そのまま部屋を出ようとした背中を見つめていると、衝動的に身体が動いた。
 
「ちょ、アウル。待て!」

「あ…!なんだよ」

 ぐんと腕を引き寄せると、アウルの身体がぽすっと胸元に飛び込んできた。
 オレが引き止めたことに驚いたのか
 一瞬ビクンと肩が震えた気がした。
 気のせいか?

「もっ、ぼく、帰るって言ってんだろ!」

「帰るな」

 じたばたと暴れる身体を強く抱きすくめて、小さく囁く。

「まだ居ろよ」

「……」

 オレの言葉にアウルの動きがピタリと止まる。
 抵抗する意思を手放したな、と確信して、その華奢な身体を抱き上げた。

 そのままベッドに戻って、ぽすっと降ろしてやれば

「もう一回…」

 "すんの?" と、消え入りそうな声で聞いてきたから

「馬鹿か。ちげーよ」

 ずるっと肩を落として、空色の頭を軽く叩いてやった。
 オレは其処まで性欲魔じゃねぇぞ…と、眉をツリ上げると、アウルは少し楽しそうに笑う。

「ただ一緒に居るって相手がオレじゃあ不満かよ?」

 ふに、と柔らかい頬を撫でながら問いかけると、アクア色の瞳が驚いたように何度も瞬いた。

「ううん、フマンじゃない」

 ぷるぷる、と首を横に振ったアウルを見て、今度は口角をツリ上げる。
 その身体をもう一回抱きしめた。

「なら此処に居ろ」

「うん」

 オレの言葉に、泣き出す寸での様な顔でアウルが嬉しそうに微笑ったから
 そっと瞼に口付けを落とした。


 後で淋しくなると遠くから声がする。
 でも、その優しさを
 身体が心が
 渇望してしまうから自分ではどうやったって止められない。

 どうか一分でも
 一秒でも
 長く
 スティングの瞳にぼくの姿が映っていますように。


END


2004.10.24